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行為

 
 
 
つまりだ。自然な行為だったにせよ、意識的な行為だったにせよ、純真にせよ打算にせよ、思いの存在はこの場合において、実はさほど重要ではない。

そう言い切ってしまう僕はとても冷たいし、思いそのものを汲み取るべき優しさが、もう少しくらいはあってもいい。

けれど、その行為を知った今もなお、僕は自分のことばかりを考えていて、きっとこれからも変わらない。おそらく確かなのは、それまでにないくらいの深度で僕なんかのことを知る者が現れたということだ。

その行為を知った時、僕は自分の影が自発的に動いたような錯覚を感じた。同時に、恥ずべき自分の等身大を、自分でも信じられないくらい、自然に受け入れた。
 
 
 


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