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2010年1月

歩くこと

 
 
 
歩かないことには、切っ掛けは起こらない。
だから歩くことにした。もう遅いかもしれないけれど。外はとても寒いけれど。
 
 
 


日が沈むまで

 
 
 
一瞬だけ、何でもうまくいくんじゃないかと思える瞬間があって、びっくりするくらいの儚さで消えた。
あとは一日、その余韻だけで過ごす。
日が沈むまで。
 
 
 


行為

 
 
 
つまりだ。自然な行為だったにせよ、意識的な行為だったにせよ、純真にせよ打算にせよ、思いの存在はこの場合において、実はさほど重要ではない。

そう言い切ってしまう僕はとても冷たいし、思いそのものを汲み取るべき優しさが、もう少しくらいはあってもいい。

けれど、その行為を知った今もなお、僕は自分のことばかりを考えていて、きっとこれからも変わらない。おそらく確かなのは、それまでにないくらいの深度で僕なんかのことを知る者が現れたということだ。

その行為を知った時、僕は自分の影が自発的に動いたような錯覚を感じた。同時に、恥ずべき自分の等身大を、自分でも信じられないくらい、自然に受け入れた。
 
 
 


定食屋で

 
 
 
定食屋でボーッとご飯を食べている間に、流れていたニュースは「死亡」という単語を十回は言った。

「消してください。飯がまずくなる」

とは言わない。黙って食べる。
とてもおいしい。ニュースは怖い。
どこかで感覚の接続部がイカれている。
 
 
 


喉仏

 
 
 
かつて可憐だったであろう女性の雑味混じりの声には緊張感が無く、そのかわりに、声帯の奥底から妙な可愛げが発酵食品のように醸されている。
いくら取り澄ましていても、直立気をつけの声帯では、決してその可愛げに届くことはない。

背後で突然聞こえた、耳を疑うド迫力の咳払い。動物の声だ。補食者の吼える声には、か弱い生き物を停止させる力がある。
振り向いた先にいたのはやはりかつて可憐だった女性で、緩急自在の喉仏にただただ感服するばかり。
仕方なく手を合わせ、頭を垂れる。
 
 
 


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