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2009年11月

完全に失敗するために

 
 
 
ミスさせて欲しい。
自分ひとりでは、ミスがミスにならないから。どうしても「ミスではない」と誤魔化してしまうから。ミスをミスだと認定できるのは、他者だけだ。
けれどミスを全て拾い上げてくれる親切な他者なんて存在しない。だから一部の人々はコントローラーを握る。そうして光る画面を見つめながら、頭と指で、出来るだけ上手に踊り続ける。

あれは全て、ミスするための作業なのだ。
 
 
 


夜であれ昼であれ

 
 
 
すべての指関節を曲げて、肩と、背中をつかむ。
つかんでもつかみきれない肩は、背中は、汗で滑り、指関節から放たれた力は行きどころを失って、しばらくの間、接触面の周辺を漂っている。
やがて指関節から放たれた力は皮膚に定着し、毛穴を通って体内に入り込み、発熱を始める。

お互いが同じくらいの高熱になってくる。
交互に、時には同時に、その作業を繰り返す。
クラッカーのように破裂するまで。
紙飛行機のようにはるか遠く、見えなくなるまで。
 
 
 


枕木

 
 
 
まっすぐレールの上を走っていたつもりの電車が、突然枕木の存在を意識し始めた。
乗客たちは、開いていた本や携帯や新聞を閉じて正面を向き、口をかたく結んでいる。

別に何も起きていない。ただ、電車が枕木を気にした一瞬、乗客たちは気付いたのだ。そして全員が一斉に思ったのだ。

「とにかく、次の駅で降りなければ」

電車は過剰に枕木を意識しながら走る。だんだん次の駅が近づいてくる。
 
 
 


モンキチョウ

 
 
 
アンコントロール。
という言葉を使って、コントロールを試みる。

蛇行。迂闊に動いてばっかり。
混乱の軌跡が、秋口のモンキチョウに似ている。
 
 
 


ぶらさげている

 
 
 
なにか、言いたいような気持ちになり、そういう顔になる。
そのときの、今の、自分の顔。リアルタイムでそこに神経を集中させる。鏡は使わない。
目鼻口の位置関係がうまく把握できない。頬や顎の出っ張りが、精緻であろうとするサーチの邪魔になって仕方ない。

やがてサーチは終わり、どうしようもなく崩れ歪んだ顔、それを今、ぶらさげてここにいることを理解する。
いやだけど、捨てようがない。なにも言いたくなくなるまでずっと、それをぶらさげている。
 
 
 


タイムカプセル

 
 
 
人を浅く、できるだけ浅く見る。
そうやって出てきた浅い印象なり感想は、悪口の種になる。
深く見てしまうと、それは指摘になってしまう。コツは何も考えないこと。考えることの責任を放棄すること。
すぐに馴れる。じきに、そういった見方しかできなくなってくる。

「バカっていうとバカになるよ」
あの言葉は結果の集積を封じ込めたタイムカプセルだ。
後ろ指をさされるくらいならまだいい。いちど空洞化したら、残った表面まで風化しない限り、中身とか、奥とかそういったものは、取り戻すことはできない。
 
 
 


定形句

 
 
 
「最近の女の子はみんなキレイだよね」
確かにその通りだ。でも記憶に残る限りでは、十年前も、二十年前も、みんなおんなじことを言っていた。そういうのはきっと、一万年前から変わっていないんだろう。

僕らは誰かを騙そうとしていて、誰かに騙されようとしている。勇気のリスクは、野暮となって返ってくる。
 
 
 


 
 
 
「もう、コイツで良しとしましょうよ」
襖の向こうから声が聞こえてくる。どうやら僕について話している。僕は天井と襖を交互に眺めながら待っていた。

襖が開いた。
出てきた数人の男女は皆、満面の笑みを浮かべて、こっちを見ていた。
 
 
 


ほんの一時

 
 
 
呼吸ができる。できている。感動しながら何度も吸っては吐く。

まともでいられている。誰かと同じであることが、この上なく嬉しい。

噛みしめて、味わって、そうしているうちにだんだんと呼吸は細く消えてゆき、やがて再び、懐かしんでいるだけの時間が戻ってくる。
 
 
 


コミューンへ

 
 
 
大きな真っ白い玉を飲み込んでから、老人ばかりが乗るバスに乗って郊外へ向かう。

路は悪く、バスがカーブを曲がる度に上半身がバランスを崩す。老人たちがじっと見ている。
畑が増えてきた。目的地のコミューンはもっと先にある。老人たちはおそらくほぼ全員、コミューンの住人だ。

喉を逆流する白い玉を無理矢理飲み込む。考えるのは到着後のことばかりだ。
 
 
 


奇襲

 
 
 
「どうしちゃったんだよ。いったい」
かつて引っ込み思案だった友人に言われた。
彼は驚くほど明朗快活になっていた。
「数年前のビデオ、結構面白かったじゃん」
そう言って、昔面白半分に撮ったビデオを再生した。確かに面白い。でも、これは僕が撮ったやつとは違う。

晴天の魚市場。就職活動をしている訳でもないのに、聞かれた。
「そろそろ進路は決まったのか?」
魚がたくさん入ったとろ箱を放り投げながら答える。
「なんも決まってないす」
「そういう奴見ると、殴りたくなるんだよな」
彼はやはりとろ箱を放り投げながら、こっちを見ずに、そう言った。

この半端な時間がどれだけ続くのだろう。
声をかけてくれる知人たちに感謝しつつも、それが全く響かない自分にうんざりしつつ、目が覚めた。
夢というものはたまに、安穏としたつもりの毎日に、突然の足払いを仕掛けてくる。
 
 
 


ダイエット

 
 
 
霞を食って生きていた。霞を食って生きてゆけると思っていた。
気が付いたら、食っていたのは霞ではなく、塩や、油や、大量の壁土だった。
だから、ダイエットを始めた。
 
 
 


なんちゃって祭祀

 
 
 
あのとき。白馬の被り物をして、皆の前に躍り出たとき。
白馬の開いた口の奥、そこにある僕の顔を見た彼は、腹を抱えて笑い転げた。

ものすごく真剣な表情だったらしい。

そんなに真剣なつもりは無かったのだけれど、きっとなにかに憑依してもらいたかったのだろう。言われてみれば、たしかに意味もなく興奮していた。

被ってみればわかる。
 
 
 


オバケ

 
 
 
オバケは見たことがないけれど、いてもいいじゃないか、とは思う。

よくいる「そういう人」がオバケの話をする時の、すがるような目つき。

大丈夫だから、僕も同じことを願っているから。

そう言ってあげたいけれど、そのすがるような目の力に圧されて、結局言えたためしがない。
 
 
 


紫の壁紙

 
 
 
手のひらに収まるくらいの小さな部屋。そこの内装工事をする。バイトは雇わず、一人で。

あの時唐突に言われた、「紫が似合うね」の一言。
分かったような、分からないような気分だけど、その言葉を信用することにした。部屋の壁紙は紫色にする。

で、実際やってみたけれど、これが良かったのかどうか、いまいち分からない。

そうする切っ掛けをくれたあの人に見せてみようか。でも大笑いされながら、「まさか本気にするとは」なんて言われたらどうするんだ。

いいや。このままにしておこう。
わざと呟いて、部屋を出た。
 
 
 


確認する

 
 
 
おしまいであることを確認する。
何度も何度も確認する。
確かに終わっている。それを認める。

それからもう一度、確認する。
何度も何度も確認する。
 
 
 


洗面器

 
 
 
丸一日外を歩き回っては立ち止まり、そうやって夕食のことばかり考えている。
何をつくろうか? 幸せなのか? 幸せなのだ。

それから何時間経ったんだろう。

コンクリートの部屋。冬だから室内でも寒い。上着を着て耳を澄ます。聞こえてくるパーカッションの音は洗面器を叩く音に似ていた。
 
 
 


骨の記憶

 
 
 
だいたい記憶に残るのは、新しいものでも古いものでもなく、たった今の呼吸とペースが同期しているものだ。

それでもやはり忘れっぽいから、そのものについての記憶、その肉の部分は剥げ落ちてしまうけれど、残った骨はいつまでも残り続け、骨の全体像から、いつでもその輪郭を思い出すことができる。
 
 
 


 
 
 
合成物が差し込まれ、その違和感を切っ掛けにして少し自失する。

そのわずかな自失の穴埋めをするために、皮膚が毛穴を開ける。染み込むのは音だ。そうやって学ぶ。
 
 
 


 
 
 
彼はすぐそこで倒れてしまった。
どうすることも出来ない。
僕の頭にも霧はかかっているのだ。
 
 
 


最期の傷口

 
 
 
少し、軌道を逸れた。

最期の傷口が小さくなったように見える。
しかし傷口の実寸は変わっておらず、ただ、自分から遠ざかっただけだった。
最期の地点に、傷口は確実に在り続け、決して、治るものではない。

廃棄処分になった人工衛星のように、ゆっくりと確実に、周回しながら地表に近づいてゆく。着地点に最期の傷口はある。
 
 
 


フリーズ

 
 
 
「でも、私にとって、それは毎日のことだから」
そう言われて、はっとする。
 
 
 


ノック

 
 
 
あの子には十一歳でそれが訪れた。彼女は生徒会長になった。
あの人に訪れたそれはとても突発的で、残念ながら彼は五階から飛び降りた。
僕に訪れたのは三十を過ぎてからだった。
 
 
 


雑踏

 
 
 
すごく寒い。

街中の金属が光を乱反射している。快晴だ。
 
 
 


通りすがり

 
 
 
あの角にあった家が消えた。
消えた空間は結構広い。遠くの山まで見える。

飛行機が通った。だんだん小さくなって、ゴマみたいな点がいつまでも消えない。

あの家のことが気に入っていた。
でも、家が消えたあとの見晴らしは素晴らしく、結局僕はただの通りすがりだ。
 
 
 


当然のことです

 
 
 
当然のことをする。
どうやら今は、それは当然のことではないらしく、だからこそ仕事になる。お金をもらう。

当然のことをし終えると、お礼を言ってもらえる。それに答えて、言う。

「当然のことです」

それから、お金をもらう。
それが当然のことだなんて、とてもじゃないけど言えなくて、黙って、下を向いて、お金をもらう。

いつだか、親戚のおばさんが、「立派なことをしているね」と言ってくれた。その時もきっと、下を向いていたような気がする。
 
 
 


拘束のドローイング

 
 
 
雪舟が小さい頃、柱に両腕ごと括りつけられて、泣いた涙を墨汁がわりに足で大層上手なネズミを描いた話は有名だけど、動き出したとか言われ始めると、途端に眉唾度合いが増す。

どうせなら、描かれたネズミは下手な絵であって欲しかった。

縛られて、描きたくて、そんなどうしようもない、手に負えない葛藤をそのまま形にした絵。

いくら頑張ってもネズミに見えないかもしれないけれど、そんな絵なら、ほかのいろんな絵よりも簡単に時代を超えそうな気がする。
少なくとも自分は、そういう絵だったら、見てみたい。
 
 
 


髪飾りの街

 
 
 
センター街を歩く。
人たちはもう、髪飾りをつけていない。そこはもう町田だった。

髪飾りのない街。
頭のなかにある髪飾りだらけの街を、一歩づつ歩きながら振り落とす。

落ちついたら、山に向かう電車に乗る。山で待つ人たちに報告する。

「渋谷に行ってきたんだ」

そのとき頭のなかに浮かんでいた風景は、あのきらきらした、もうどこにも存在しない、髪飾りの街だった。
 
 
 


 
 
 
じっとしていた。
縮こまった身体には熱があって、さらに体温を上げようと、四肢を出来るだけ小さく、固く結ぶ。

強く眼を閉じて、千切れた毛細血管からの流血を押し止めるくらい、もっと固く、もっと赤く。
 
 
 


ツルツル

 
 
 
かつて、僕の指先と世間は接触していた。そういう実感があった。
世間の表面はプラスチックのようなツルツルとした手触りで、僕はそれを撫でたり押し込んだりしながら、どうにか世間の立体感を認識していた。

昨日から僕の指先には新たな拘束具が与えられ、世間は立体から、一枚の硬い透明な板になった。これからは指先で、それをつついて世間を認識する。

不都合は多い。でも、いずれきっと馴れる。
表面がツルツルしている点は変わらないのだから。
 
 
 


英会話教室

 
 
 
その狭い部屋は暖かく、通りがかりのいろんな人が立ち寄っては、粗末な椅子に座って時間を過ごし、また立ち去っていった。

ある日、そこに粗末な木製のソファが持ち込まれた。誰が持ち込んだかはわからない。

木製のソファで、寝転ぶ者が現れ始めた。だいたい寝転ぶ者に家は無く、長時間をそこで寝ころんだまま過ごしていた。

ある日、ひとりの寝転ぶ者がラジオを持ち込み、大音量で英会話講座を流し始めた。寝ころぶ者はスピーカーの真ん前で横になり、そのままいびきをかきながら眠ってしまった。いびきはとても大きかったが、それ以上にラジオの音量は大きく、立ち寄る者たちはその煩さに閉口し、次々と立ち去っていった。
それが何日か続いた。

その日もやはり、寝転ぶ者の脇で、ラジオは爆音の英会話を奏でていた。
しかし、この日の様子はいつもと違っていた。

英会話を聞く者が現れたのだ。
その者はうつむいて、ラジオの音に耳を傾けているように見える。
数日経つうちに、二人、三人と、同様の仕草をする者が現れた。彼らの身なりは様々で、まれに女性もいた。

夜の十二時になると、その狭い部屋にはオートロックがかかる。そうなったら、嫌でも部屋を出なくてはならない。

その時間になるまで、座学は続く。
誰もしゃべらない、誰も動かない、静かな爆音の英会話教室は続く。
 
 
 


歪みを見ている

 
 
 
「だから我々は、意志の力をもって働きかける。そうしなければならない」
そうやって生まれた歪み。

その歪みを、ただ見ている。
どんなものにだって恒常性を保とうとする力はあるはずだ。

歪みを見ているだけで一生が終わる。
歪みを見ていたという記憶だけが書き残される。
 
 
 


アリジゴク

 
 
 
強い光の下をくぐって、神社に行った。
そこで、アリジゴクを探した。
たくさんある巣の底に、アリジゴクはいた。
何匹かを掘り出して眺めてるうちに、日が暮れ始めた。

帰る家を忘れてしまった。

木々のざわめきが、不安をあおった。
軒下からゆっくりと、気温は下がっていった。
じっと固まって、石になろうとした。

日が暮れる前に、祖父が迎えに来た。
祖父に手を引かれて、家路につく。
道中、一度だけ振り返った。暗闇があった。
前に向き直ると、灯りがあった。
 
 
 


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