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ホテルオアシス

 
ハノイにいる。

夜。鳴りやまないクラクションたちを窓から見下ろすと、
信号のない道路の向かいに、小さなホテルがあった。

オアシスと書かれた赤い看板、
あちこちにペンキのはがれた跡がある。

目下数十メートルにある、そこのオアシスは、
僕らが泊るホテルのプールよりも低いところにある。

鳴りやまぬクラクションと、
さっきまでのしっとりした高温と、
ジャックフルーツを売るおばさんの
黒い肌、
光る白目。

エアコンが痛いほど効いた部屋。
ノックの音に答えてドアを開けると、
若い女性がニコニコしながら、「おやすみ前のチョコレート」を配っていた。
 
彼女もきっと、就業時間が終われば、
あのクラクションの渦を潜り抜けて、
明かりの少ない、常夜真夏の暗闇に戻るのだろう。
 
「なぁ、おまえら、どこから来たんだよ?」

ホテルオアシスの赤い看板が、
充血した、見上げた視線をこちらに向けながら、
鉄錆色の息で問いかける。

その声も、ぶ厚いガラス窓に遮断されて、
背中にはエアコンの風。

薄型のテレビは韓国LG製で、
僕らは暇さえあれば、NHKを観ている。
 
 


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