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先生

 
 
まだ、ハノイにいる。

今年は、先生の何回忌なのだろうか。

確か、先生はかつて新宿で、ベトナム戦争に反対する運動をしていたらしい。
それから結構な時間が流れて、先生は遠くの人となり、なぜか僕がベトナムにいる。

先生、ベトナムは今、とても平和です。正しく言えば、とても平和に見えます。
先生の知っているベトナムは、ナパーム弾と枯葉剤のベトナムかもしれませんが、今はずいぶんと様子が違うようです。

僕がベトナムで会った何人かは、枯葉剤の被害者でした。
それで身体がうまく動かなくなってしまった女性とか。もし彼女に先生が会ったら、間違いなくあの、目を剥いた憤怒の表情で、涙を流されることだろうなと想像します。

彼女は笑っていました。とても勤勉で、やさしい気遣いをする方です。僕も何回か助けてもらいました。

彼女に先生の話をしようと思いましたが、やめました。
でも、もしも「あの頃」に先生と会えていたなら、
彼女は、こう答えたと思います。

「ありがとう。あなたたちが寒い国で、熱い運動をしている時、わたしたちは、熱い国で、静かに戦っています」

先生。
ベトナムの暑さは湿気に満ちた、土の上でゆっくりうねるような暑さです。
時折少しだけ風が吹いて、一瞬だけその暑さを軽く中空にさらう午後。
そんな時の彼らは、静かな中音域の綾を、その一時だけ、綺麗に揺らせているように見えます。
 
 

 


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