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2009年6月

ふきのとう

 
 酸味と辛味は通過するものだから、いつまでも口の中にあると気分が悪い。
 居座られては困るのだ。幼い子は、それが嫌だから酸味と辛味に対して門前払いを試みる。

「困ります。ウチに来られても」

 しかし、そこは幼い子。酸味と辛味にいいように言いくるめられ、結局居座られる。幼い子は泣く。酸味と辛味のことをますます嫌いになる。

 まるで自分の家みたいにさんざん自由に居座られ、ひとしきり経ってから、やっと酸味と辛味は出て行った。幼い子は一安心する。

 しかし、酸味と辛味は、また平気な顔をしてやってくる。
 幼い子はすっかり疲れ果てていて、ドカドカとあがりこんでくる酸味と辛味を、ぐったりと横たわったまま、ただ眺めている。

 眺めながら、あきらめながら、幼い子は思う。
 ふきのとうが食べられる日も、そう遠くはないのかもしれない。
 
 
 


名字

 
顔を知っている女性とすれ違った。
僕は彼女と直接の知り合いではなかったけれど、彼女の夫は職場の先輩だった。

先輩は昨年亡くなった。

僕は先輩のことを名字で呼んでいて、たまに先輩宅での夕食に招かれたときなどは、奥さんのことを下の名前で呼んでいた。

彼女とすれ違ったとき、僕は自然と、名字で呼びかけた。
先輩の顔が頭に浮かんだ。

彼女は僕の顔を覚えていてくれて、笑顔で「おはようございます」と軽く挨拶をした。

それ以上特に何も話さなかった。挨拶だけして僕らはすれ違い、そのままそれぞれの行き先に歩いていった。

その日は雨だった。
 
 
 


牛乳

 
腹をこわすのに、牛乳を飲む。
知った上で飲むのだ。私は胃腸が弱い。
一時間も経たないうちに、間違いなく後悔することになるだろう。

朝。

通勤する人たちでごった返す駅のロータリーの中でひとり、
不自然な姿勢で歩きながら思う。

なんか、すげえ自由。

やっぱり後悔しながら、痛い腹を抱えて、それでも思う。
きっとまた、私は牛乳を飲む。そして今と同じように腹を抱えて、
街中のどこかでうずくまるのだ。

なあ。七歳よ。
聞こえているだろうか。
お前が欲しくて欲しくて仕方なかったものは、
私が今、こうやって、十二分に享受している。
安心するといい。

七歳よ。聞いているのか?

 
 
 


川沿い

 
 音が消えた川沿いの土手を歩いていた。
 深夜。
 身の丈くらいに育ちきった葦の向こうに、人影が見えた。
 人影はクシャミをするようにバネを効かせて、ひっきりなしにおじぎのような動きをしている。よく見ると、大きく口を開けていた。

 人影はどうやら叫んでいるようだ。けれど、こちらには全く声が聞こえてこない。

 その時にやっと、音が消えたと思っていた川沿いは、常に水が流れる音に満たされていることを知った。水の音は、あまりに空気の中に食い込んでいて、それが音であることすら気付かせてくれない。
 たとえ全身で絞り出した絶叫も、そこでは水の音にかき消されてしまう。

 人影は、まだ叫び続けていた。
 
 
 


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