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芋虫毛虫

 
 
あの頃、なぜ芋虫や毛虫の類を、「気持ち悪い」と思ってはいけなかったのだろう。

誰から言われたわけでもないのに、物心付くころから、芋虫や毛虫に対して「気持ち悪い」と思うことは不道徳であると、かなり厳格に思っていた。

あれは赤ちゃんみたいなものだと。
あれは生命の不思議をまんま体現しているじゃないかと。

はっきりと脳裏にそう刻みつけて、暗唱しながらそれらを見る。そんな時は自然と睨みつけるような表情になっていて、視線は必ず芯をはずしている。

無理すんなって。気持ち悪いんだろ?

自分で自分にそう言い聞かせることが出来るようになるまでには、とても長い時間がかかった。

あの友人を思い出す。
芋虫、毛虫の類を見かけると必ず自転車の前輪でひき殺し、でなければ手近に落ちている石を落として圧死させていた友人は、大人になって園芸の道に進んだ。当時の姿を知る人間から見れば、それは結構感慨深い。今になって思えば彼は彼の生理を真正面から芋虫、毛虫の類にぶつけ、なにか「実感」を得ていたのだろう。決してほめられた方法じゃないけれど。生き物の命と引き替えにするには、ずいぶんと安い実感かもしれないけれど。

それを脇で見ながら、「やめなよ」と紋切り型を繰り返していた僕は、まだわずかに動いている虫の半身や飛び散った体液から眼を反らすことしか出来なかった。

たぶん彼は、それを正視していたのだと思う。「きもちわりい」と言いながら、自分の起こした気軽な生殺与奪の顛末を、自分の眼で捕らえていたんだと思う。流れ流れてその結果が園芸の道。いいことなのだろう。きっと。

まさか殺しはしないけど、ある日青虫を見ながら、わざとらしく独り言を言ってみた。

うわあ。気持ち悪い。
あー気持ち悪い。

罪悪感は無かった。そして、その時口に出せるだけの生理的な嫌悪感を露わにした後にやっと、目の前の青虫の緑色がすこし黄色がかっていることに気が付いた。小さな斑点が、白と黒の二重丸になっていることにも。

そいつがどんな名前の生き物なのか、生まれて初めて知りたいと思った。
 
 
 


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