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モデルガン

 
 
サンタクロースはうちに来たことがないと知った数年後のクリスマスイブの夜。僕の枕元には立派なモデルガンがあった。

僕は子供ながら自身の頼りなさをとても自覚していたような気がする。子供だからという仕方のない事情以前の、何だか、根本的な。

それはあまり正視したくないことで、当時手元にあった怪獣のビニール人形とか大きなロボットとかに集中することで、僕は頼りない自分から何とか眼を背けようとしていた。

そんな気持ちを察したのかはどうかはわからないけれど、両親は僕の枕元に、子供には立派すぎる、黒くて大きなモデルガンを置いた。

奇妙な嬉しさがあった。モデルガンを片手に持つと、それだけで誇らしい。直前までの頼りなくぎこちない自分に、補装具を着けてもらったような気分だった。
そして、僕はその気分について、深く疑問を抱くことはなかった。

その玩具が「モデル」な以上、複製元のオリジナルが存在すると知ったのはそれから間もなくのことだ。僕の頼りなさの埋め合わせをしてくれる補装具のオリジナル。頼りない力の埋め合わせをしてくれる、とても心強い味方。

そういえば僕は、モデルガンを片手に持ち、構えてポーズを取ることばかりに夢中になっていて、不思議とそれを撃とうとは思わなかった。
弾丸を発射するものだとは知っていたのだけど、それをどこに向けて撃ったらよいのだか、いまいちはっきりと分からなかったのだ。

「決まっているじゃないか。悪い奴だよ」

テレビの中に悪い奴はいっぱい居たけれど、このモデルガンの的にしていいほどの悪人や怪物は、僕が生活する世界を見渡す限り、どこを探してもいなかった。

ある日、一枚の写真を見た。

両親が持っていた雑誌の一ページ。モノクロだからずいぶんと昔の写真だったと思う。帽子をかぶった精悍な白人の軍人たちが並んで、僕が持っているモデルガンの「オリジナル」を手にしていた。

並んだ軍人たちの前には、僕らに少し似たような感じの生活感がある服を着た男性たちが、やはり並んで立っていた。表情はわからない。全員目隠しされていたから。

「オリジナル」の銃口は、目隠しされていた男性たちに向けられていた。既に漠然と知っていた気もするけれど、その時改めて、銃というものは人間を撃つことを目的として作られたものだと、人間を殺すための道具だと思い知った。

ためしに自分の足を撃ってみる。涙が滲むほど痛い。その痕は数日間、痣になって残った。

結局その立派なモデルガンは箱にしまったまま、しばらくしたらどこかへいってしまったけれど、今でも少し謎が残っている。モデルガンを作る会社の人たちは、子供たちに何を撃って欲しいと思っているのだろうか。なぜ、人を撃つための道具を複製するのだろうか。

そして何より、なぜ、僕を含めたみんなが、それをカッコイイと思ってしまうのだろうか。
 
 
 


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