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湖の駅

 
 
光がほとんどない、山間の夜道を自動車でゆく。

延々続くゆるい上り坂が終わると湖が見えるはずだ。そこにある駅を目指している。道中はとにかく真っ暗で、時折現れる無人のドライブインや食堂の小さな灯りによって、ここがまだかろうじて「人里」であることを確認できる。

突然のカーブ。
後部座席に乗った赤ん坊はキャッキャと喜んで揺れを楽しんでいる。ジェットコースターのようなものだと思いこんでいるのだろうか。その天真爛漫さが唯一の救いに思える。

いきなりヌッと一部だけほの見える巨大な橋や、やはり巨大なコンクリート製の塔。すべて作りかけに見える。用途は不明だ。それらは暗闇に突然現れて、消える。

湖が見えてきた。その脇の一カ所に強烈なハロゲン灯が密集していて、光が湖面に映り込んでいる。

たぶん、ここが駅だ。

湖の脇に車を駐めて赤ん坊を抱きかかえ、剥き出しの鉄骨で出来た階段を登る。駅の構内はスタジアム並に明るいのに、人の気配は全く感じられない。切符売り場のガラス窓も閉まっていて、レールの部分に埃が詰まっている。もうずいぶんと使われていないのだろう。おそらくハロゲン灯はタイマー制御だ。

陸橋通路の窓からは湖が見える。湖だけが光っていて、他は全く見えない。
遠くの方で汽笛の音が聞こえて、しばらくしたら電車がやってきた。電車はここには停まらず、速度を落とさずに陸橋の下を暗闇に向かって突き抜けてゆく。

「ほら。これが電車だよ。初めて見ただろう」

轟音の中で赤ん坊に話しかけたけど、たぶん聞こえていない。赤ん坊は口を開けて、小さくなってゆく電車の細長い光を見続けていた。
 
 
 


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