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2009年1月

接触面

 
一度固く結んだ握手を外すことが出来ない。

おそらく相手もそう思っている。

すでに結構な時間が経っているのだけど、どちらも握手を外すきっかけがつかめずに、笑顔で無理矢理話題をつないでいる。

手のひらの接触面がどんどん汗ばんでゆく。

ここで自分が手を離したら、妙な意思を持っていると受け取られかねない。だから手はいつまでも離れない。

相手と自分は、接触面そのものを恐れている。
まるで接触面に意思があるように感じられる。
接触面の温度の高さは、まるでその箇所が二人の子供であるかのように、勝手に脈打っている。

二人が手を離す瞬間まで、接触面は在り続ける。
そうやって始まることもある。
 


重い夜、それでも明日の

 
あまりに酷い事件があったと知った時。
その事件とは関係なく、知っている人が死んでいた。

ちょっとあんまりなので、過去の幸せだった色々のうち、いくつかを思い出して逃避しようとするのだけど、思い出す全ての場面の中で、僕とかあなたとかの表情は笑顔な訳で。で、やっぱりとても幸せそうで。

その幸せそうな様が何だか思い切り他人事のように思えて、なんだかますます沈み込むような気分になって、

とても重い夜。
当たり前に広がる暗さが容赦ない。

所在なく、部屋のできるだけ白いところを見つめながら、意味もなく大豆を噛んでいる。

足を踏みならしたくなるくらい時計の進みは遅いけど、それでも、それでも明日の日はまた昇る。
 


ケミカルソムリエ

 
誰にでもあった癖だと安心なのだけど。

まだ子供の頃だ。
食べてはいけないものを、ほんの少しだけ食べる癖があった、ような記憶がある。かなり曖昧で微かな記憶だ。何かの勘違いかもしれない。

確か食べてたのはプラスチックだったか。これも曖昧。でも、まぁ、天然のものではなく、何かの化学製品だったはずだ。

叱られるに決まっているから、こっそりと誰にも見つからないように食べる。ほんとうに少しづつ。

噛んで、染み出た味をゆっくりと確かめる。実はああいった化学製品の味にはアタリとハズレがあって、ハズレだとひたすら嫌な味しかしない。舌がびりびりするような、苦くて重い、妥協の余地のない正真正銘の不味さだ。

アタリの時もやはり似たような不味さなのだけど、その不味さにしばらくつき合っていると、遠く微かに、ソーダのような味が見えてくる。集中しないと見えてこない酸味だ。

この「捜し当てる感」がたまらなく癖になって、コソコソと隠れながらいろんな化学製品を食べていた。味の探求にも磨きがかかり、だんだん材質によって美味い不味いが判別出来るようになってきた。

やがては実際に口にした瞬間にいくつかの味の分岐点を確認して、今日は『甘み』か、それとも『酸味』にしようか、何のプロなのかわからないけど、やけに玄人はだしな味わい方をするようになった。

微かだと言ってたくせに、ずいぶんと記憶の輪郭がはっきりしてきた。奥にあっただけで、結構確かな記憶だったと実感しつつ。

何のきっかけがあって、あの異食習慣をやめたのか、僕にはさっぱり覚えがないけれど、あの、吐き気と美味をギリギリでせめぎ合わせる様が、なんだか『若さ故の暴走』な感じがして、たったひとりで「昔は俺もやんちゃだったのよ」な気分を味わっている。

でも、変な人だと思われたくなくて、やっぱり誰にも言えないのだけれど。
 


田舎モノの空

 
駅前の歩道橋の脇にはエスカレーターがついていて、それに乗ってじっとしていると、ゆっくりと灰色の空が昇ってくる。右や左、遠くにも見えるビルも少しづつ昇ってきて、
やがて、都会がぜんぶ見える。
そんな風景に立ち会うと僕は変に嬉しくなってしまい、微弱に興奮した顔の筋肉が変な動き方をする。

もう何年東京にいるのかわからなくなってきたけれど、その時のどうしようもない感じは、都会にいると嬉しいという恥ずかし過ぎる感じは、どれだけぬぐい去ろうとしても、決して抜けてくれない。

田舎モノであることは、とても恥ずかしいけれど。

あの、無機色の空と建物がゆっくり昇る時の興奮は、たぶん、田舎モノにしかわからない感覚だと思っている。
 


浅黒い少年

 
母が連れてきた浅黒い少年はずっと私を睨んでいた。
浅黒い少年は喋ろうとしない。細身の体躯で髪も短く刈り込んでいる。
母は「これから手伝ってもらおうと思うんだけど、何だか仕事をしたくないみたいで」とだけ言って、浅黒い少年を残したまま私の元を去った。

浅黒い少年は立ったままこちらを睨んでいる。
私が仕事をしたくないのかと訊ねると、浅黒い少年は異国の言葉で語気鋭く私に何かを言った。私を罵っているように見える。浅黒い少年の言葉は中国語のようにも聞こえる。彼は黙り込んで、やはりこちらを睨み続けている。

なにか彼の機嫌を損ねるようなことをしたのだろうか?私は日本語で彼に尋ねたが、浅黒い少年は語気鋭く言葉をこちらにぶつけてくるばかり。私は埒があかないと、彼に一歩近づいた。

浅黒い少年は、こちらに殴りかかってきた。

私は彼の両手首を握り、彼の眼を見ながら、何のつもりだ、今初めて会ったんじゃないか、何か恨みがあるのか、落ち着いて話をするつもりは無いのか、あまりに一方的じゃないか、私はなぜ君がここにいるのかもわかっていないんだぞ、等々、彼と同様の強い口調で訴えた。

すこし手首を握る力を弱めると、浅黒い少年はすぐに殴りかかる体勢になる。私は彼にやめろと訴えては力を弱め、彼は力を弱めれば殴りかかろうとする。力を入れたり弱めたり。延々終わらないやり取りが続く。

その間、浅黒い少年の顔を間近で見ることになるのだが、彼の眼は充血していた。全身の隅々まで満ちた怒りが彼の生気そのものなのだろうか。湯気が立ちそうに熱い。常に薄い汗が覆っているその顔は、こちらの言い分など一切受け付けない気迫に満ちていた。

これはもう、おさまらない。私もとうとう本気を出して、浅黒い少年を押さえつける行動に出た。彼はジタバタと抵抗し、時折動きを止めて鋭い怒りの表情をこちらに向ける。
私は浅黒い少年を床に押さえつけて、言った。

「こんなに、紳士的に、優しい態度をとっているのに。お前は、一体なんなんだ」

浅黒い少年は、日本語で言った。

「この押さえつける行為が、優しい態度なのか?」

それはお前が先に、と喉元まで出かかったところで、彼の鋭い表情に思い当たるところがあるような気がして、そしてそれは何世代も前の記憶かもしれないような気がして、

何かを思い出せそうで、数回、深く呼吸をした。
私も汗をかいていた。
 


上手に

 
そんなに上手にできないから
そんなに上手にはやらない

つまるところ
そんなに上手にやりたいのだ

子を持つ親が、子の話をする。
親を持つ子が、親の話をする。

聞こえておりますでしょうか。

あなたの息子は、
あなたの父は、
つまり私は、

ここで、
この場所で、
今日一日を終えたのです。
 


カボチャ

 
悪口が一番他人を笑わせることが出来ると勘違いを始めてから一ヶ月、
気が付いたら坂道を駆け下りている時のように「それ」が止まらなくなってしまった。

面白ければ真偽を問わずあることないこと吹聴し、いつの間にか自分の意志なのかどこかの誰かに言わされているのか、口が勝手に動き出している。頭は何だかボーッとしたまま、皆の笑う声と、少し意地悪そうな笑顔が霧の向こうで点滅する様を時折確認しながら。

まるでハロウィンのカボチャだ。
毎日ちょっとづつ自分の中身をえぐり出し、棄てて、「その顔」を彫り込んで、
中にロウソクを点す。揺れるロウソクと、誰かの意地悪な笑顔。

そのうちカボチャは指をさされて、その中身がイヤだと言われる。結局カボチャは、ぼんやり見ていた笑顔達からはっきりと嫌われる。

その中身はもう無いんだ。あなたがイヤな私の中身はすっかり空洞になっちゃったんだといくら伝えても信じてもらえず、でも自分が相手の立場だったらやっぱり信じないだろうな等と行ったり来たり考えていたらすっかり訳がわからなくなって、

私は裸になって、空洞になったカボチャの口から、中に入り込んだ。

私はその中でゆっくり太ってゆき、やがて、カボチャの鋳型に合わせた私になった。
 


郵便

 
郵便を届けるのだ。

鼓膜から手紙を入れて、内耳から頸椎とかのあれやこれやを通過して、脳みそなのか心臓か、とりあえず届けば細かい事は言わない。とにかく、

「本人」に郵便を届けるのだ。

郵便が通る人体は、かつての飛脚が走った山道そのものだ。
曲がりくねって街灯は無く、時折そこが道なのか判別がつかなくなる。おまけに山賊に狙われたらこちらは一人きり。

百パーセント届くとは言い切れないのだ。
でも届ける。郵便だから。

そんな雄々しい決意と共に送り込まれた郵便たちは、その多くが目的を果たせぬまま、身体のあちこちに未開封で散乱している。

僕は届いた手紙のことしか知らない。
未開封の手紙については、「あるだろう」というおぼろげな感覚しかない。
 


トラックの中心

  
忘れないでください。
そう言われた。

憶えていてください。
そう言われた。

きっと。

私は忘れないでいようと思ったし、憶えていようとも思った。

いつまでも。

私は覚えようとしていたことをいつまでも忘れないだろうし、それについてもう忘れてしまっていることもすっかり忘れ去ったまま、忘れないと誓ったことだけを、今でもしっかり記憶している。行き場のない、片づけることも出来ない記憶。

それは昨日のことだったか、
数ヶ月前のことだったか数年前か、
誰かに言われたことだったか、
テレビで観ただけのことだったか、

忘れないでください。

トラックを周回する走者は常に前を見据えるばかりで、トラックの中心に何があったのかはとうとう分からずじまいで終えるのだけど、

何かがあったことだけは、記憶の縁に、長いことひっかかり続ける。

憶えていてください。
 


僕は俺に

 
その日、僕は俺になった。

僕は俺になることで、

梅の花の匂いを忘れ、
用水路の水が円い筒を通る音を忘れ、
タンポポの黄色を忘れ、
お寺の軒下を忘れ、
入浴時の躊躇いを忘れ、
飴細工を透かして見る太陽を忘れた。

そのかわりに、
僕は俺になることで、

自分以外の全ての人と、
自分そのもののことを思い出して、
恥ずかしくなって、なにかを諦める。

『俺』と言ってみた。

今後は、時間が意識を風化させてゆくまで、
この気恥ずかしさに耐え続けなくてはならない。
 


霊魂/体温

 
私はいっぱしの霊魂のつもりだが、人は私のことを体温と呼ぶ。

私は人に取り憑く。
取り憑いていないと消えてしまうのだ。霧みたいに無くなって、空気とごちゃ混ぜになってしまう。そうなったら霊魂もクソもない。私も生きるためには必死なのだ。

人に取り憑くと、取り憑かれた身体の体温は上昇し、だいたい36.5℃前後となる。
人はそれを『平熱』と呼ぶ。

冗談じゃない。その温度は、私達霊魂が取り憑いている証拠なのだ。
しかし言い換えれば、霊魂が取り憑いていない人間など存在しないと言ってもいい。脆弱かもしれないが、私は外気に弱いのだ。外気に晒されているうちに、取り憑いた身体から私の成分は少しづつ抜けてゆく。嘘だと思うならそうなった人の身体に触れてみるといい。まるで氷のように冷たい筈だ。放っておけばそのまま人体は枯れてしまうという。つまり人体と霊魂は共依存の関係と言えるだろう。

しかし、大気に巻き込まれた霊魂にとっては存在の危機だ。当然、焦る。

私はそんな時、雲散霧消にならないように大急ぎでどこかの人体に取り憑く。大抵急いでいるので、勢いを付けてその身体に飛び込む。勢いの影響はそのまま温度となって現れる。だいたい37℃から38℃。40℃を超えてしまうと取り憑いた身体そのものを壊してしまう恐れがある。慎重にやらなくてはならない。

比較的珍しいことではあるが、人同士はたまに接触をする。
その時、本能的に私達は移動をする。基本的にはより霊魂の含有量が少ないほうの身体へ。

たいてい移動しきれずに接触が終わるので、全ての移動を終えることは殆ど無い。つまり、二人の身体に私は半分づつ取り憑くのだ。

当然二人の温度は、ほぼ同一となる。
そんな時、その二人は、なぜか幸せそうに笑う。
 


ナナメの二人

 
ナナメの女性がひとり。

その女性はナナメのまま、毎日同じ道を通り、毎日同じ信号で待ち、毎日同じコンビニで同じものを買い、毎日同じ公共施設に通う。

ナナメの女性がもうひとり。
その女性もやはりナナメのまま、毎日同じように公共施設に通う。

ナナメの女性二人は、毎日同じ時刻に公共施設の自動ドアをくぐる。特に待ち合わせなどはせず、ナナメの女性二人は自然と二人並んで入室することになる。

午前の慌ただしい時間が過ぎ、昼食までの少しだけ間延びした時間。
やはり、二人は並んで座る。

二人は座ってもナナメであって、並んで座っている時間が続くと、少しづつ互いの角度を揃えている。微調整しているようだ。

だから、真横から見ると二人は重なって、ひとりのナナメに見える。
昼食までその姿勢は続く。

何年も何年も続いている、全く同じ風景。

昼食を過ぎると、二人はもう帰り支度を始める。帰り支度は数時間続く。
午後は『二人で揃ってナナメ』はやらないらしい。
疲れるからだそうだ。
 


石と果実

 
石が言う。

「感じることが全てだ」
 
 
果実が問う。

「お前に一体何が感じられるのだ」
 
 
石は答える。

「全てだ。私が感じることの」
 
 
果実は嘲る。

「たかが知れている」
 
 
繰り返せば繰り返すほど、石はますます固くなり、果実はますます赤みを増す。
すっかり固くなり、加工ができない石は河原に放置され、赤くえぐみの増した果実はカラスさえも口にしない。

そこから遠く離れた丘の上。
やつれたカマキリが。

そこから遠く離れた小川のほとり。
水苔に引っかかったヤゴが。

石と果実の行く末を、じっと遠目で追っている。
  


液状の歴史

 
たとえば、袋詰めにされた液状の歴史があって、その袋にボールペンで穴を開ける。

ターと一本の細い水流が生まれる。流れ出る液体は歴史であり、生み出される水流はつまり、物語だ。

床に歴史が流れ落ちている。由々しき事態だ。床に散った歴史は少しづつ乾燥し、いずれ忘れ去られる。忘れられた歴史は気体となって、何食わぬ顔をして、どこかで全く別の歴史となる。

しかしは呆けたまま、流れを眼で追うにとどめる快楽は押さえがたい。同時に心臓付近で旋回しながら膨らんでゆく罪の意識。

いずれ終わる。どのみち袋の中の液体は限られた量でしかないのだ。

でも、まだ液体は残っている。
その瞬間はまだ来ない。
袋が空になることは、その瞬間が本当に訪れるまで、

決して、信じようとはしない。
 


匂い

 
一週間前、乳飲み子の尿の匂いを嗅いだ。

そして先程、私は駅のトイレに居た。

個室の中。
汚れた便器から鼻腔を通じて情報が流れてゆくのがたまらないと、反射的に眼を背ける。

頸椎の一番上辺りにまで付着した「たくさんの人の身体の匂い」を振り払おうと、

扉を開けた。
小さな窓の脇で造花が埃を被っていて、

緩い明るさ。

思い出した。簡単なことだった。
一週間前に嗅いだ、あの乳飲み子の尿の匂い。

あれは、米を炊いてる時の匂いだった。
 


パターン

 
とにかく黙っていた。
物心付く前から、ずっと。

黙っていれば、周囲は動く。
それは時には喜ばしいものであり、時には怒りに満ちた攻撃であり、時に悲しさを伴って、

いずれは、一定のパターンに収束する。

そして時間がそのパターンを消費し尽くすまで、パターンは一定を保ち続ける。

私はパターンを見続け、それに従う。パターンは100%永続しない。そのことに意識を向けてしまうと、即、思考が開始してしまう。私は、私を、私の思考に委ねまいと、ひたすらパターンを凝視する。

パターンに私を合わせてしまえば、周囲はパターンに合わせた私をなぞる。なぞり続けていずれすり減って、パターンは終わる。

パターンがまたひとつ終わった。

それから次のパターンが発生し、定着するまでの間、儀式のように戦いが続く。
私は叫び、痙攣し、自ら進んで己を危険に曝す。

パターンはどこだ。パターンはどこにある。

私は電車の時刻表を凝視し、これが『世界』ではなくて単なる印刷物であることを心底残念だと思う。
時刻表を閉じれば、全部、ない。

気づいたら、顔を上げたら、そこにパターンがあった。私はどこかへ移動していた。

これまでとは別の顔たちだ。
いくつかの顔、いくつかの生活用品。私はいつの間にか着替えさせられていた。

計器のようなものがある。長い針、短い針。遅い、早い針。
私はそれを網膜に映したまま、じっとしていた。

「時計が好きなのかね。この子は」

時計?
これは、パターンそのものじゃないか。
この顔たちは一体、何を言っているのだろう。
 


悦びの日々

 
お具合はいかがですか?
すこぶる順調です。

今日は、お食事はどうされますか?
いただきます。気分も良いのです。

天気も良いですしね。
ええ。とても。

白いカーテン、白い壁、白い食器。たくさんの透明な液体、それを入れる色んなかたちの容器。向かいも人、らしきもの。隣も人、らしきもの。私はそれまで、人だった。今はどんどん樹木に近づいている。ここはその境目にいる人たちの部屋だ。皮膚と皮膚の隙間から、空気の漏れ出ている音が聞こえる。それは微かな、自分にも感知できないくらい、

微かな、悦びだった。

ねえ。
はい。

聞いてくれるかしら。
ええ。どうぞ。

私ね、ひょっとしたら、あなたの親なんじゃないかって、最近、思うんです。

それは、違います。

違いましたか。
ええ。違います。

少しくらいは、可能性がありませんか?
ありません。微塵も。

良い天気ですね。
ええ。ほんとうに、良い天気です。

夕食はまだかしら。
もう少しです。

それから、今は朝食の時間です。
 


なめんなよ

 
免許証の提示を求めたら、
猫の免許証を渡された。

「これは、あなたの免許証ですか?」
「はい。私のですよ」

男は憮然とした表情のままこちらを見ている。
免許証には猫の写真。断じて彼の顔ではない。

「この写真は、あなたの顔写真なのですか?」
「違います。それくらい見ればわかるでしょう。」

「この免許証に書かれてある氏名は、あなたの名前ですか?」
「違いますね」

「では、これはあなたの免許証ではないのですね」
「私のですよ」

「ふざけないでください」
「なめんなよ」

え?

「だから、これは、なめんなよ、です」
「おっしゃる意味が分かりかねるのですが」
「なめんなよ」
「人を呼びますよ」
「だから、そういう免許証なのです」

「改めてお願いしますが、あなたの免許証を見せて下さい」
「繰り返しますが、これは私のです」

「だから、これは猫の免許証じゃないですか」
「その通りですよ」

「私が欲しいのは、あ・な・た・の免許証です」
「だから、これは、わ・た・し・の」
「猫の」
「そう、私の猫の」
「飼ってるんですか?」
「ぜんぜん知らない猫です」

「なめんなよ」
「なめんなよ」

偶然ユニゾンになった。
だからといって、二人の間の空気に変化は無かった。
 


挙動不審

 
役所の入り口で見た女性は濃い栗色の髪で、抑制の利いた服装が品の良さを想像させる美人だった。

その辺を歩いていれば、数人の男性は振り返るだろうことは簡単に予想できる。その日もやはり、皆が彼女を眼で追っていた。

羨望の眼差しではない。
彼女の挙動が、あまりにも奇異だったのだ。

「あべべべべうだー」

両手の平をひらつかせながら、彼女は目を見開き、舌を前後左右に高速で振動させている。

かと思うと、一瞬で怒気が暴発したような凶相となり、また一瞬で自らの表情に驚いて「ん?」と小首を傾げる。

丁寧な薄化粧、アクセサリーにバッグ。身だしなみへの気遣いと奇異な挙動がどうも一致しない。というか、常識を感じさせる風体が行動の奇異さを際だたせている。

彼女はなぜかずっと中腰で、腰と頭を交互に前後させながらその場に留まっている。

「うぶるびぢぢぢぢぢどぶぅるるぶぐぐぬ。あぐ」

あまり長く見ているのも失礼なので、皆1分くらいその様子を観察した後、
「うん。狂ってしまったのだな」
と自分を納得させて、その場を離れる。

彼女は周りの人などいないかのように奇行を続けていた。

見物人もまばらになった頃。
物陰から1、2歳くらいの小さな子がキャッキャと笑いながら飛び出してきた。
彼女の子だろう。おそらく。

彼女は我が子を抱え、少し笑い、抱き上げると、スタスタと自動ドアから出て行った。
結局彼女の奇行は、我が子をあやす微笑ましい姿だった訳で。

それにしても「母親としての根拠」があるだけで、私はなぜあれだけの奇異なアクションをあっさり認めてしまったのだろう。
我が子に対してとはいえ、あの行動自体は相当にキテレツなものだったことには変わりないじゃないか。しかし「母親のあやす行為」という前提で見れば、どこでも見ることができるありふれた光景になってしまう。

つまり、理由さえ伝えることができれば、街中で「奇異な動き」をしても良いのだ。

私は、「あくまで物陰に我が子がいる前提で」彼女のようなキテレツな挙動に出てみた。

すぐに、警備員がやってきた。
  


カレーに卵

 
カレーを食べている姿を
物陰から盗み見られていた。

私がその人に気が付くと
ぜんぜん怯まずに近付いてきて、

半開きになった私の口にタイミング良く、
うずらの卵をポンと入れた。

『犯された』

私はとても恥ずかしかったが
うずらの卵はきちんとゆでてあって、
とてもおいしかった。
 


金色のひよこ

 
園児は誇らしかった。

園児の通っている幼稚園、そこの屋根の上には金色に輝くひよこが住んでいるのだ。
 
 
---
 
 
園児が初めて幼稚園を訪れた日。
暖かく甘い自宅から自分が引きちぎられる割礼の日。園児は唇を血が出るくらい強く強く噛みしめて時間の停止を願った。

搬送車の運転手が自宅のチャイムを鳴らす。
時間はやはり止まってはくれなかった。いよいよ慣れ親しんだ両親に永久の別れを告げる時間だ。園児は覚悟した。

園児は想像する。場違いな両親の笑顔の裏はきっと刃物傷まみれの無惨な泣き顔だ。心配させてはいけない。園児はこれまで、ここまで育ったことの幸せを噛みしめる。十二分に噛みしめたら、涙はやっと乾燥した。
両親の笑顔は鉄の餞別だ。

「バイバイ」

園児は、せめて自分の別れの表情が泣き顔でない所を汲んでください。と、口を開けずに呟いた。

「いってらっしゃい」

園児は耳を疑った。イッテラッシャイ?
振り向いたら、両親はいつもの笑顔だった。

愛おしげな眼差し。

園児の中で何かが爆発した。
肩から下げた鞄を天井に放り投げ、両手を振り回す。靴を弾き飛ばし、右足で触れようとする全てのものを蹴りまくれば、当然軸足は芯を外れる。

転倒。

玄関の蛍光灯はこんな形だったのか。世の中はまだ、知らないことばかりじゃないか。常世の終わりを受け入れられず、園児は泣いた。あらん限りの声で泣いた。

搬送車の担当とおぼしき筋骨粒々の男性が両親の顔を見る。

「困りましたね」

この筋肉バカ。困っているのはこっちだ。園児は毒づきそうになるも、それを口の中に一旦飲み込み、喚き声に変換してぶちまけた。園児は知っていた。大人は、あるラインを超えた言葉を浴びると相手が子供でも本気でキレる。「駄々」は大人の平常心の管理下でのみ効果を発するのだ。

「あ。構わないです。すみません。そのまま。ホント、すみません。よろしくお願いします」

園児は絶望した。
冷静じゃないのはうちの両親だ。本当に自分の親なのか?
文字通り引き摺られながら園児は搬送車に収容された。新品の上衣とズボンをアスファルトですり減らしながら園児は思った。

終わった。この搬送車の行き先は、アウシュビッツだ。
アウシュビッツが何を示す言葉なのかは分からない。ただ、これまでの「生活」が「収容」に変化することは確実なのだ。

良い子にしていたじゃないか。
皆互いに全てを受け入れ合っていたじゃないか。

視界を涙が覆い、何もかもがぼやけて見える。
もういい。
園児はずっとうつむいて、新調したばかりの靴を何も考えずに見ていた。

「はい。着きましたよー」
放心した園児はフラフラと立ち上がる。子供から希望を奪い去ったら何が残るというのだ。涙に視界を奪われていた園児は、バスの出口にある階段で二度、躓いた。

園児は己を認めた。
僕はもう、ボロボロだ。本当に、全て終わったんだ。

「おはよう」

園児は確かに聞いた。
揺れる視界を阻む収容所の屋根。その更に上から響く声を。

見上げると、そこには太陽よりも明るい、
まばゆいばかりに輝く金色のひよこがいた。

それは、『はじまり』だった。
園児は、その時点で救われたのだ。
 
 
---
 
 
通ってみれば、何てことはなかった。
幼稚園の友達は刺激的だし、バスの外装もちゃんと見てみればとても可愛い。運転手さんはカッコイイし、先生はみんなキレイでいい匂いがする。

おまけにここでは、オヤツが出るのだ。
まさに至れり尽くせり。園児は自宅での生活より、幼稚園の新鮮さを好むようになった。

しかし、園児は冷静だった。
この泰平は、あの屋根の上にいる金色のひよこがもたらしていると知っているから。

あの入園式の日、園舎の屋根から聞いた神々しい声に園児は救われた。あれが無かったら、幼稚園での出来事を全てホロコーストに変換してしまうところだったのだ。それを一発でひっくり返した金色のひよこを、園児は崇拝していた。

人生は、捉え方ひとつで明るくも暗くもなる。園児は美しい世界を描くことを瞬時に学んだのだ。あの金色のひよこのおかげで。

楽しい日々は、毎日続く。
次から次へと発案される新しい遊び。学べば学ぶほど広がる世界。
園児は夜毎、眠りの世界に幽閉されるのを嫌がった。僕を静かな牢獄に押し込めないでくれ。常に刺激を与えてくれ。僕は反応がしたい。

寝入り端、園児は必ず金色のひよこを思い浮かべる。明日になれば金色のひよこに会えるのだ。

幾度そんな夜を越えただろうか。気が付いたら園児は6歳になっていた。
6歳の園児にとっては、幼稚園は自由自在に伸縮するフィールドになっていた。

想像できる事はなんでも出来た。すべてが自分の時間であり、みんなの時間なのだ。金色のひよこの存在は完全に日常化しており、園児にとっては二つ目の太陽のようなものだった。あって当たり前の存在。

しかし、気にしないようにしていても、頭の片隅には常にひとつの単語が巣くっている。

『一年生』

園児は怯えていた。今度こそ、今度こそまずい所に連れていかれるのではないか?拭っても拭っても不安は消え去ってくれない。

夕方、誰もいない砂場で金色のひよこを見上げる。

「こんなインターバルなんて、残酷すぎやしませんか?」
「一年生とは、囚人番号のことですか?」
「あなたは、学校という園舎にもいるのですか?」

声は無かった。

園児は苛立った。
ジャングルジムを昇り、天辺から渾身の力で園舎の屋根に飛び移った。
滑りやすい屋根の上を必死で辿りながら、園児は考えていた。今僕は、禁忌を犯しているのではないだろうか?近づいた途端、金色のひよこに怒鳴られて、イカロスのように地面に叩きつけられるのではないか?

園児は深呼吸した。
どうあれ、時間が過ぎれば一年生になってしまうのだ。
こんな機会は二度とない。事の因果関係などくそ食らえだ。僕は金色のひよこに、触れたい。

黄昏時。誰も見ていない園舎の屋根を、涙目で園児が這っている。

そして、

園児はとうとう金色のひよこの御許に近づいた。

そこにあったのは、絶望だった。

金色のひよこは、ハリボテだったのだ。
FRPで頑丈に作られたハリボテは、近くで見るとあちこち塗装が剥げ落ちていて、更によく見れば部品同士を貼り合わせたバリや、鉛筆書きのメモがあちこちに残っている。園児の脳内を、不吉なメリーゴーランドのように言葉が廻る。

金色のひよこはハリボテだった。
金色のひよこはハリボテだった!

園児は園舎の屋根に仁王立ちになり、大声で叫んだ。
叫んでも叫んでも、叫び足りなかった。
 
 
次の春には、園児は一年生になる。
 
 


バールを振り上げて

 
現場に集まったのはみんな人材派遣の若者で、それぞれの作業服に着替えてフロアに出る。

エレベーターは止まっているので裏にある階段を昇る。おしゃれなビルの7階。
僕らはツナギ。防塵マスク着用。

クリスマスキャンペーンの終焉は、閉店時間を過ぎて空調も止まった深夜、華やかさと真逆の格好をした僕らが行う。

「じゃぁ、始めますよー」

熟練のオジサンが巨大な電動ハンコみたいな機械で床板を端から剥がしてゆく。
僕らはそれを拾い上げ、ピラピラの大きなビニール袋に納める。所々から角材が突きだした不格好なビニール袋は、工場廃液で突然変異したウニみたい。何だかすごく運び辛そうだ。

天井の電飾を剥がし、やぐらのように組み上げられたパネルを分解する。段取りに従って淡々と進む解体作業。

疲れるから誰も喋らない。
モーターの音。バキバキと煎餅を噛む音を安いアンプに繋いだような、パネルの割れる音。

が、止まった。
電源がイカれたか、それとも停電か。

しばしの間を置いて、声がした。

「時間がありませんのでー、手作業でいきまーす。」

冗談だろう?
僕らは作業の果てない道のりを想像し、軽くキレながらバールを手にして、

サンタクロースの顔面に思い切り振り下ろした。

額に穴。
もういちど。
割れる頭。

そこからは無法地帯だ。
フロアに残る「ファンシー」や「ハッピー」や「メリーメリー」に僕らは狂った八つ当たりを繰り返す。妙な高揚感に支配されるまま僕らは次々とバールを振り下ろし、踊るようにオブジェを破壊し尽くす。

みんな、誰かが心を込めて作った作品だ。うん。知ってる。どれも見事だと思うよ。

でも、それに対しての僕らの答えは、バールを振り下ろすこと。

最低です。ゴメンナサイ。
でも、早く帰りたいんだ。こんな現場。

風船を持って楽しそうな笑顔を浮かべている女の子の絵にストンピングをかましていたら、背後から声がした。振り向くと別の派遣会社のツナギを着た痩せぎすの男性がポツリと、

「それ描いたの、実は俺なんだよな」

一瞬で気まずくなって、足跡のたくさんついた女の子の顔を見下ろして、とりあえず何かを言おうとして、

「絵、うまいじゃん。才能だね」

「だろ?」

と言うなり、彼はハハハと笑いながら床の絵を壁に放り投げ、楽しそうにバールを何度も振り下ろした。

何なんだ。これは。

言い過ぎかもしれないが、世も末だ。
どこにも救いはないのか。
誰か祈ってやるやつはいないのか。

彼はまだバールを振り回している。
笑顔。とびっきりの笑顔。

うんざりだ。
もう誰も、何も作らないでくれ。
作るな。
 
 
---
 
 
今から考えてみれば、ずいぶんと若かったと思う。
けど、同じ事を今もう一回やれと言われても、やっぱり自信が無い。

その日、大量のガラクタとなった「今年のメリークリスマス」 はトラックに運ばれて、遺灰よろしく夢の島にバラ撒かれたとのこと。

何年も経って夢の島。
公園の帰り、道端の土を何度か踏んでみて、口に出してみる。

「ダイジョウブ、ダイジョウブ」

やっと大丈夫な大人になれたのか、それとも大丈夫になっちゃったらまずいのか。

見上げたら飛行機が飛んでいた。
 


日曜15:40、区内

 
日曜日のビル街は工事のひとばっかりだ。

トレーラーで運ばれる大量の「足場」は灰色の畳みたいで見てるだけで乾燥してしまいそうになる。ビルを外から窓越しに見れば大量のスチール棚と無造作に積まれた書類群。中にはたぶん誰もいない。

車も少ないのでみんな平気で数車線の国道を渡る。まばらな路上駐車。

晴れてる。寒い。

道路標識、交差点、ビルの根元を右往左往。建物の中も外もぜんぶ、壁と床。
みんな平日はここで働いて、休日もやっぱりここを歩く。

真っ白、銀色、鼠色。
気が付けばもう夕焼けだ。

歩く人のいるところはどこも温度の低い日陰ばかりで、
夕日を浴びているのは、誰もいないビルの頂上付近だけだった。
 


君の町

 
「この辺りに住んでいるんですよ」

と、運転席の彼は言った。
助手席の僕はとりあえず窓の外を見る。
通り道でしかなかった「この辺り」に、だんだん彼の個性が混じってゆくのを確認しながら、

「じゃあこの辺は、君の町なんだね」

と言ってみた。

彼は、そういうんじゃないっすけどね別にと言いつつハンドルを切る。

「いいじゃん。君の町だよ。君の町だ」

スルメを噛むように強調した。

ほどよく市街で、ほどよく田舎の深夜。
誰かが「ただいま」と玄関をくぐるのを後ろから眺めているような心持ち。

結局、その時間に開いているレストランは無かった。
 


グレイ

 
その女性は、目の周りに
キラキラした粉をまぶしていた。

そうすれば眼が光って見えるかといえば、そうではなく、

眼の縁が銀色になって、
眼自体は、黒い穴が開いているように見える。

変かといえば、そうでもない。
少し怖いけど、昔矢追さんとかがテレビでやっていた銀色の宇宙人、「グレイ」のようなものだ。

なるほどそういえば、今は未来だった。

やがて皆、頭髪を剃り、肌を無機色に染めてゆくのだろう。

僕らはもちろん、そうした姿にすぐに慣れ、記憶の中にいる「かつての美しい人」の姿は、どんどん未来型に塗り替えられてゆく。

そして、同級会などでリアルな「かつての面影」を眼にした時、引っ張られたゴムひもが一瞬で縮むように、過去に引き戻される。

でも、もちろんそこには何もない訳で。
 


橋を渡る

 
傘をさして大きな橋を渡った。

寒くても雪になれなかった雨には、
たった数粒で人を底冷えまで追い込むような
妙な切実さがあって、

出来るだけ肩を縮めて、
雨に当たらないように努める。
その姿がよけいに寒い。

橋の欄干から
浅い一級河川が見える。

そこに流れている水があまりに冷たそうで、
反射的に眼をそらした。

目的地はまだ随分と先にある。
 


スポットライト

 
電車に乗っていた。

冬は太陽が低いので、
早朝は電車の窓から日光が直射する。

向かいの席に並んで座った人たち。
左側から順番にひとりづつ、
スポットライトみたいに
顔が日光で照らされていた。

照らされた人は一様に眼を閉じる。

なぜか皆、
照れているような、
嬉しそうな表情に見えた。
 


手と足

 
腕枕のしすぎで
両腕の感覚がなくなって

膝枕のしすぎで
両足の感覚がなくなった

どうしたものだろう

ポンコツになってしまった
両腕と両足に
誰かが触れて

これはやはり手足だと
ちゃんと体温があると言う

残念なことに
本人以外しか
その体温はわからなくて

他人越しに自分の体温を確認しようと
今日も誰かに声をかける
 


許容

 
どこから見ても自分とは違う形で、
でも、何となく「人」で。

ニタニタ笑ってる。

不気味だと思ったけど、
何かをする気はなさそうで、

でも、ニタニタと。
 
 
受け入れなくてはならないのか、
これを。

何とか頑張って、
言葉を自分の中からひねり出して、
恐る恐る口にしてみる。

「かわいい」

少し自分の輪郭がぼやけながら広がった気がして、
やがて目の前の変な形とニタニタ笑いと不気味さを、
私は許容した。
 
 


どうでもいい言葉

 
どうでもいい言葉をそこで拾った

置いていこうかと思ったけれど
そこに置いておくのも寂しいので

結局、家に持ち帰った

自分の部屋にも
その言葉の置き場はなく

飼っている犬に向かって
その言葉を
無造作に放り投げてみた

彼はまったく意に介さず
放り投げた言葉は
犬の体毛に吸い込まれていった
 


重油

 
ゆっくりと足下から
真っ黒な液体が満ちてゆく
たぶん重油だ
もう膝下まで浸されている

膝から下は
染みこんだ重油で
すっかり重くなってしまったズボン

膝から上は
じきに重油まみれになるくせに
なんだか何事もなかったように
そのまんま

重油に浸されたところと
まだ浸されていないところの
境目には
光を反射する虹色

あーあ

喜んでいいんだか
悲しんでいいんだか
 


大根餅

 
せっせと大根餅を蒸している間に
遠いどこかで爆弾が落ちて子供がたくさん死んだ

ニュースも新聞もない六畳間
私は大根餅を蒸していただけなのに
次の日も同じ所に爆弾が落ちて子供がたくさん死んだ

ごめんなさいごめんなさい
私は大根餅を蒸していただけなんです

ごめんなさいごめんなさいそれでも
私は明日もきっと大根餅を蒸す

いつか私のすぐ頭上で
火薬がたっぷり含まれた爆弾が破裂するその日まで

毎日

毎日
 
 


謹賀新年

 
元旦にまず見るのは電柱だ。毎年決まって冷たそうである。冬だから。

そのあとブロック塀とか街路樹とか門松とかを見る。最近は門松も少なくなってきた。
撤去されてないクリスマスのリースが見えた。さすがにだらしなさすぎやしないか。

コンビニが開いているのを確認して安心し、吉野家が開いているのを確認して軽く落ち込む。

しかし、いつから正月をめでたく感じなくなったんだろう。

自販機で何かを買おうと思い立ち、コーヒーを押したつもりが受け取り口に落ちてきたのはコカコーラで、

ガタガタ震えながらそれを手に取り、取って付けたような独り言を言う。

「ま、正月だからな」

何が正月だ。元旦から冷え切ったコーラ持って。集合ハンガーにぶら下げられた芋ガラ並に格好悪い。

反省してたら爆音で救急車のサイレンが聞こえてきた。

あぁ、餅か。今年もまた餅か。

元旦なので車の通りが少ない国道を、ピーポーピーポーと救急車が凱旋する。

「おめでとうございます」

え?
今、なんつった?

「おめでとうございます」
「あけまして、おめでとうございます」

場違いな救急車が場違いなスピードで、場違いなメッセージを発信しながら爆走している。

不謹慎すぎないか?

「やけのやんぱち」、「矢でも鉄砲でも持ってこい」、いくつかの高テンションな自暴自棄的台詞が脳裏をかすめる。

暮れからの連続飲酒を伺わせる壮年の男性が顔を紅潮させ、救急車に向かって馬鹿野郎と叫んだ。

「ありがとうございます。ありがとうございます。皆様、おめでとうございます」

救急車は反対車線を時速百キロ近くで暴走しながら去っていった。あの様子じゃ捕まるのは時間の問題だろう。

振り向くと、おじいさんと小さな女の子が、初日に照らされながら小さくなってゆく救急車に向かって、手を合わせている。
さっきの連続飲酒モードの壮年も、つられて手を合わせている。

流れで僕も手を合わせた。

年明けの臨時列車に独りで乗った人。
年の境の数日間、電話は一切鳴らず、メールもスパムオンリーだった人。
お父さんかお母さんに怒られているうちに年が明けてしまった人。
破魔矢で自分の眼を突いてしまった人。
年越しのために買い溜めておいたカップの蕎麦を結局放置してる人。

暮れに今年死なれた人の数を指折り数えた人。

あけまして、おめでとうございます。

そこらじゅうにいる私に。
今年はもう少し、ビタミン類も摂るように。
 


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