偶像
どこで読んだのか忘れてしまったけど、お坊さんが仏像の扱いについて質問を受けた時の答えが印象的だった。
「仏像自体に重要性はなく、別に燃やしても捨ててもかまわない」
過激なことを言うお坊さんだなと思ったが、仏像自体があまり重要になってしまうと宗教的にまずい事はなんとなく分かる。きっと、そちらの方向へ行ってはいかんと釘を刺す意味での過激な物言いだったのだろう。たぶん。
確かに仏像に火を付けたり、サインペンでおもしろい落書きをしたり、改造してタイヤを装着した挙げ句に川に放り込んだとしても、仏像によって似せられた元の「オリジナル」は痛くも痒くもないだろう。しかしヤな気分だろうな。自分を似せた像が4WDに改造されてる様を目の当たりにしたら、どれだけ慈悲深い人だって「この野郎」くらいは思うんじゃないか。バチも当たろうというものだ。
ともあれ、仏像が無くなってしまったらどこに向けて手を合わせたらいいんだか分からなくなるので、その辺の倒木を刻んだり粘土をこねたりして神仏の似顔絵をまたつくる訳で。そしたらまた嫌な奴の携帯番号とかメールアドレスとか落書きする輩が現れるから、先手を打ってたくさん作るわけで。
正直、似せられる側からしてみれば、少々ウンザリするかもしれない。「すこし自重しろよ。こんなぞんざいに作られるくらいなら、落書きされたあっちのまんまでもいいじゃないか」って。
で、やはりいつだかどこだかは忘れてしまったのだけど、駅にポスターが貼ってあった。
女性のアイドルが服着て、何か持ってポーズを取っていた。
で、その顔に油性マジックで野暮な落書きが施されていた。眼鏡とか髭とか鼻水とか、そういうの。
多分その女性アイドル本人は、痛くも痒くもないだろう。まかり間違ってそれを見ちゃったとしても、「私がそういう扱いを受けている」ことに気分を害するくらいの、寝れば忘れてしまう程度の心的被害しか受けないだろう。本人の顔に実際に落書きされる事とは根本的に違う。考えるまでもない。ポスターが引き裂かれてしまったとて、彼女が死ぬ訳ではない。
そしてファンの人が、無惨な姿となったポスターの彼女を見ても、彼女自身がどうなった訳でもない事は先刻承知な訳で、横目でそれを一瞥して自販機でジュースなどを買う。
しかし同じポスターがファンの家に貼られていて、それを破かれようものなら持ち主のファンは毛を逆立てて激怒するだろう。
それは彼の所有物だから。
偶像化は「所有」を引っ張り出してくる。それがファンの自宅であっても、寺院であっても同じことで、一旦モノに転写された以上、持ち主が現れる。
持ち主は「手に入れるべきモノ」として優位の立場から偶像を手に入れて、入手後改めて偶像を自身よりも高い位置に祭り上げ、祈る。それが随分と儚い行為だと知りつつも。
やがてその儚さにほとほと嫌気が差して、偶像を破壊し、もしくはブックオフ等に転売し、何もない空間で途方に暮れて、
「私には、何も見えません」と言う。
それはきっと気が遠くなるくらい遠くにあって、語りかけるのもバカらしくなるくらい知覚不可なもので、仕方なく皆、歌う。
「あるのかないのか、あるのかないのか、見に行こう」
実際に見に行った人を何人か知っている。しかし、彼らはもういない。
見に行かない方を選んだ僕は、とりあえずここに居続ける事が出来ている。見に行くつもりは、やはり無い。
仕方ないので、偶像を作る。
粘土などをこねながら、ありもしないものを想像して。