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2008年12月

演算記号

 
0+0=

0。

電卓を叩いてみると分かるのだが、この計算をしている間、液晶表示の「0」は常に出っぱなしだった。式自体の意味の無さ以前に、表示自体が変わらない。

実際に紙と鉛筆を使って同じ式を解いてみる。

0+0=0

茫漠と書いてみた。頭が最初から「意味無いっての」とわかりきっているので、どうも茫漠とする。漢字の書き取りみたいだ。

改めて電卓で同じ計算をしてみると、「+」を押した時に、一瞬液晶表示が点滅していることに気が付いた。

「こいつ、考えてる」

何だか少し嬉しくなってきて、0に0を掛けたり、割ったり、引いたりして遊んだ。そのつど電卓は、「ん?」「んっ?」と点滅する。
次第に眠くなってきた。だから寝た。

たくさんの演算記号たちを、使い道のないままどこかへ飛ばす作業。

数字は名詞で、演算記号は動詞だ。+−×÷が、モノリスみたいに真っ暗な中空に浮かんでいる。名詞がこいつらに接触すれば、こいつらは発熱して名詞をぐちゃぐちゃに変化させる。

そうしたくて、演算記号が震えている。

光ってる。奴らはまだ元気なのだ。
そのうち、ゼロしか与えられないことに気が付いて、

ハローワークの門を叩くことになるのだろう。
 


偶像

 
どこで読んだのか忘れてしまったけど、お坊さんが仏像の扱いについて質問を受けた時の答えが印象的だった。

「仏像自体に重要性はなく、別に燃やしても捨ててもかまわない」

過激なことを言うお坊さんだなと思ったが、仏像自体があまり重要になってしまうと宗教的にまずい事はなんとなく分かる。きっと、そちらの方向へ行ってはいかんと釘を刺す意味での過激な物言いだったのだろう。たぶん。

確かに仏像に火を付けたり、サインペンでおもしろい落書きをしたり、改造してタイヤを装着した挙げ句に川に放り込んだとしても、仏像によって似せられた元の「オリジナル」は痛くも痒くもないだろう。しかしヤな気分だろうな。自分を似せた像が4WDに改造されてる様を目の当たりにしたら、どれだけ慈悲深い人だって「この野郎」くらいは思うんじゃないか。バチも当たろうというものだ。

ともあれ、仏像が無くなってしまったらどこに向けて手を合わせたらいいんだか分からなくなるので、その辺の倒木を刻んだり粘土をこねたりして神仏の似顔絵をまたつくる訳で。そしたらまた嫌な奴の携帯番号とかメールアドレスとか落書きする輩が現れるから、先手を打ってたくさん作るわけで。

正直、似せられる側からしてみれば、少々ウンザリするかもしれない。「すこし自重しろよ。こんなぞんざいに作られるくらいなら、落書きされたあっちのまんまでもいいじゃないか」って。

で、やはりいつだかどこだかは忘れてしまったのだけど、駅にポスターが貼ってあった。
女性のアイドルが服着て、何か持ってポーズを取っていた。
で、その顔に油性マジックで野暮な落書きが施されていた。眼鏡とか髭とか鼻水とか、そういうの。

多分その女性アイドル本人は、痛くも痒くもないだろう。まかり間違ってそれを見ちゃったとしても、「私がそういう扱いを受けている」ことに気分を害するくらいの、寝れば忘れてしまう程度の心的被害しか受けないだろう。本人の顔に実際に落書きされる事とは根本的に違う。考えるまでもない。ポスターが引き裂かれてしまったとて、彼女が死ぬ訳ではない。

そしてファンの人が、無惨な姿となったポスターの彼女を見ても、彼女自身がどうなった訳でもない事は先刻承知な訳で、横目でそれを一瞥して自販機でジュースなどを買う。
しかし同じポスターがファンの家に貼られていて、それを破かれようものなら持ち主のファンは毛を逆立てて激怒するだろう。

それは彼の所有物だから。

偶像化は「所有」を引っ張り出してくる。それがファンの自宅であっても、寺院であっても同じことで、一旦モノに転写された以上、持ち主が現れる。

持ち主は「手に入れるべきモノ」として優位の立場から偶像を手に入れて、入手後改めて偶像を自身よりも高い位置に祭り上げ、祈る。それが随分と儚い行為だと知りつつも。
やがてその儚さにほとほと嫌気が差して、偶像を破壊し、もしくはブックオフ等に転売し、何もない空間で途方に暮れて、

「私には、何も見えません」と言う。

それはきっと気が遠くなるくらい遠くにあって、語りかけるのもバカらしくなるくらい知覚不可なもので、仕方なく皆、歌う。

「あるのかないのか、あるのかないのか、見に行こう」

実際に見に行った人を何人か知っている。しかし、彼らはもういない。
見に行かない方を選んだ僕は、とりあえずここに居続ける事が出来ている。見に行くつもりは、やはり無い。

仕方ないので、偶像を作る。
粘土などをこねながら、ありもしないものを想像して。
 


water

 
秋の夕方にあった出来事だ。

先生は、ヘレンの左手をやさしく握って、汲み上げた井戸水に触れさせる。
地下から汲み上げられた水の冷たさに、ヘレンは驚いた表情を見せた。
すかさず先生はヘレンの右手を取り、人差し指で手のひらに「water」と綴った。
ヘレンは最初、怪訝な表情で小首をかしげていたが、やがて、その動きが止まった。

気が付いたのだ。

ヘレンは首を持ち上げ、空に顔を向け、そしてはっきりと発音した。

「water」

先生は歓喜した。とうとう、ヘレンが言葉を覚えたのだ。ヘレンは何度も何度も中空に向かって、覚えたての「water」を口にしている。

先生は涙を流しながらヘレンの左手を取り、手のひらに何度も人差し指で「water」と綴る。
ニコリと笑ってヘレンは、「water」と叫びながら、

先生の人差し指を握り返した。

「…?」

ひょっとして、これは、違うんじゃないか?
先生は、もう一度ヘレンの左手を井戸水に触れさせてみる。
ヘレンは首を横に振っている。「今はいらない」のサインだ。

「ひょっとして…」

今度は先生の人差し指を握らせてみる。

「water」

満面の笑みでヘレンは発音した。

まずい。
完全に間違っている。
先生は焦った。どうにかして伝えなければならない。私の人差し指は断じてwaterではない。この奇跡が初っ端から間違っていては話にならない。
先生は焦りのあまり、強引にヘレンの左手を井戸水に当て続けた。ヘレンは泣いた。

先生は我に返った。これではスパルタではないか。

もう一度、祈るように、先生はヘレンの右手に人差し指でやさしく綴る。
ヘレンは笑って、今度は自分の右手を差し出し、人差し指をつまんで、

「water」

と、ゆっくり発音した。

落胆。
先生はずっと肩を落としていた。秋の夕方の出来事だった。
 
 
 
一ヶ月が経った。

ヘレンの学習意欲は留まることを知らなかった。次から次へと新しい単語を獲得してゆく。そして、その全てが思い切り間違っていた。その間違いぶりは完璧で、百発百中全てがハズレ。もはや美しくさえあった。

ヘレンは文法も品詞も理解していた。しかし、間違えた理解から派生した言語世界は独自の展開を遂げ、他人がヘレンの学習成果を理解するのはほとんど不可能だった。

「果物おけるについて言、ものの、が、見を直ゴし、タンポポした発の。いベストなど光。んだ単お旅ことをことを、ことべ。添ういろい院暖か汝。相思い出一日リン過ごしパ。ぐし。」

ヘレンは喋り続ける。「楽しい」とはこういうことだったのか。歌うように発語する。

「への嬉!」

「…楽しければ、それでいいのかもしれないねぇ」

家族も先生も、枯れ草のように揺れながら笑っていた。
 
 
 
それから更に数年が経った。

ヘレンは言葉を覚える初期段階では先生に執拗なまでのインプットを促していたが、やがて独自の単語を独自の発語方式で編みだし始めた。
会話なのか歌なのか、知能の発達と理解の深度が増すほどに、ヘレンの発声は深みを増していく。過去にインプットされた単語は融解と再構築を繰り返し、ヘレン自身が感じる「心地よさ」の基準によって発語方法も研ぎ澄まされていった。

やがてひとりの音楽家が、その声を聴く。
その音楽家は感動して床に座り込み、涙を流しながら先生とヘレンの両親にお礼を言った。

その後のヘレンに付けられた肩書きは「歌手」ではない。

彼女は、「シンセサイザー」と呼ばれて現在に至る。
 


忘れてた

 
何も変わっていないなあ
物心が付いた時からずっと

そう思ったところで
後ろから肩をつつかれて
振り向いた

「昔のことを忘れてるだけだよ」
 


ノブ

 
ドアノブを回したら
何の抵抗もなく一回転した

不思議に思って更に回す
ドアノブはカラカラ音を立てて
何度も回った

大変に困った

部屋の中には確かに
人の気配があるのに

これでは
中に入れない
 


消えかかっている

 
どういう訳か、人は消える。
誰でも消える。
僕も何度か消えたことがある。

まぁ環境が変わったり引っ越したり、場合によっては死んじゃったりとか、理由は色々だけど、

どういう訳か、人は消える。

円満な場合にはお別れ会とかやったりして、「一生わすれない」的な言葉とかが飛び交って、最後は握手とかハグとかして、そんで、消える。

思い出すのは、消えたからだ。

たくさんの人たちの足音が重なって、何だか採石場のダンプカーの音みたいに聞こえる。

iPodを聴いてる若い女の子、
ガム持った小学生、
両手にビニール袋のおばさん、

みんな、どこかから消えてきて、いずれどこかへ消える。

だから、そこ歩いてるひとたち、みんな。
全員だ。

僕も、あなたも、
ここにこうしている以上、

みんな幽霊だ。
 


踊る人たち

 
あなたは踊る人がとても好きで
指先を遠くまっすぐ伸ばしながら
踊る人に憧れる

僕は少しぐらいそれに応えようと
無様に身体を揺すりながら
あなたを笑わすことだけ考える

ずいぶんと笑ったね
毎日のことなんて忘れちゃうね

猫背のまま歩幅を合わせて歩く
陽が沈んだ日曜18時半

錆び付いた床屋の前を通って
トンカツ屋の暖簾を見て
小さなオモチャみたいな
灯りの少ない商店街を抜けたら
もう駅だ

それから僕は
誰も待っていない冷たい小屋に
望んでもないのに帰る訳で

それであなたは
さっきまで温度があった
あの四角い部屋が
冷えてゆくのを見守りに帰る訳で

先の明るい見通しと
明かりの消えてゆく商店街

風の強かった日の
そのあとの時間
 


誰ですか

 
そのおじさんはボロボロで
服もずっと同じままで
お風呂にも入っていなさそうで
眼だけがなんか怖かった

怖かったので
僕はおじさんを見ないように
足早に通り過ぎようとしたのだけれど
明らかにおじさんは僕に向かって

「あなた誰ですか」

思わず足を止めてしまって
おじさんは怒ったような顔で
僕を指さしてもう一度

「あなた誰ですか」

僕は「?」としか思えなくて
とりあえず曖昧な会釈をして
小走りでそこから逃げた

何故気まずいのかわからないけど
あれから結構時間が経った今でも
おじさんの顔は忘れてしまったけれど
言葉だけが頭蓋骨の裏側に
貼り付いたままで

「あなた誰ですか」
 


憎まれ口

 
誰かが放った憎まれ口が
ひとかたまりの煙みたいになって
宙に浮かぶ

風が吹いて
憎まれ口はどこかへ飛んで行く

遙か遠く
言葉を持たない人たちのいる
まだ誰も知らない土地

そこに住む人たちは
空を見上げて
それを待っている

一人の若者が指差した

遠く霞の向こうから
ゆらゆら揺れながら
こちらに向かってくる
憎まれ口の雲が見えたのだ
皆は歓声を上げて
それを迎え入れた

いずれ気温は下がり
真上の雲からは
小雨のように
憎まれ口が降ってくるのだろう

刺激を含んだ言葉の雨
皆それが
楽しみで仕方ないのだ
 


面倒

 
生まれたては小さくて
ヌルヌルしてて動いてて

それまで知ってた色が
黒だけだったのに
いきなり全部真っ白くて

それまでは
邪魔なくぼみでしかなかった
眼とか
邪魔な出っ張りだった
鼻とか
邪魔な落とし穴みたいだった
口とか

これからは全部
使わなきゃ生きてゆけないとは

もう
これから
すごく
面倒で面倒で
 


 
綺麗に磨かれた
二枚の薄い金属板が

一枚の紙を挟む

二枚の金属板は
拝むように擦り合って

一枚の紙は
二枚の紙になる

やがて
金属板の拝むような動きは
すっかり止まって

二枚の紙は
もう一枚にはなれないことを知る
 


河童

 
頭に乗せた皿には
限界まで水が張っていて

かろうじて
表面張力ぎりぎりで
水はその姿を保っている

そのまま静かに

伸ばした背筋を
少し緩めて
まっすぐに歩く

腰の出力を
ぎりぎりまで下げて
何も
無かったかのように
 


歌う小屋

 
その山の奥には小屋があって
近づいて聞き耳を立ててみると
小さな女性の歌声が聞こえた

歌は途切れなく繰り返され
次の日も、その次の日も
全く同じように続いている

-------

今日の日付を知ったなら
今日の私は寝るでしょう

明日の日付を思い出し
明日の私が目を開ける

-------

別にどうということはない歌詞だ
これが繰り返し歌われている

山の麓に住む人たちは
ずいぶんと昔から
この小屋の存在を知っているが

近くを通って
声が聞こえてきたら
それ以上は近づかないようにしている
 


外気

 
なにか目的があって屋外へ出る

その時の外気は
暑い寒い以外の意味は薄い

無目的に屋外へ出る

その時の外気は
途端に意味を持ち始め

やがて外気が
目的そのものになり

そのうちに自分が
外気そのものになる
 


 
その店員は
私がレジに置いた古本の表紙を軽く見て
一瞬
流れ作業を止めた

店員は二、三ページだけめくって
少し微笑んで

ページを閉じて
また少し微笑んだ

「100円です」

店員が金額を告げるまで
ボンヤリと
私は微笑んだ名残を見ていた

私はこの本に
薄い思い入れがある

あの店員も
旧友を見るような眼で
ページを捲っていた

たまたま立ち寄ったこの店に
私はもう来ることはないだろうけど

紙袋に包まれた本の中には
あの店員と私と
顔を見たこともない沢山の気配が

栞のように
薄く挟まっている
 


myspace

 

音を流します。

http://www.myspace.com/1004246000

よろしくお願いします。

 


インターハイ

 
今回の相手は強豪だ。

こちらは経験不足の寄せ集め。しかし血の滲むような練習を繰り返し、やっとここまで登り詰めたのだ。

これまでの努力が実を結べば、一矢、報いることができる。そうすれば、勝つことも可能なはずだ。

いや、勝ちたい。勝たなければならない。
私達イレブンは怒号のような気合いを入れ、フィールドに躍り出た。

不適な表情の相手チーム。余裕の中にも決して手を抜かないであろう凄みを感じる。臆してはいけない。

審判がホイッスルを吹いた。
私達はフィールドの真ん中に全力疾走し、地面に落ちている一枚のビニール袋を奪い合う。コンビニエンスストアで品物を入れるあの袋だ。出来るだけ数多く、相手ゴールにこの袋を叩き込まなくてはならない。

速攻優先。所詮は寄せ集めである我々は最初の勢いこそが勝負だ。そこからミラクルが生まれることを固く信じて。きっと勝てる。
がむしゃらにビニール袋を捕獲しようとする私達。しかし老練な相手チームは競り合いが頂点に達すると必ず一歩、引く。
そして宙に舞うビニール袋の周囲、そこに渦巻く空気を一瞬、眼で追う。即時に為される的確な動き。

ビニール袋をキープしている時間は、私達の方が長いはずなのだ。
それなのに、要所要所で相手は場の動きをコントロールし、どこへビニール袋が動くのかを決定している。

私達に空気の流れは見えなかった。圧倒的な積み重ねの差だ。力で圧すのは私達、それを制するのは相手チーム。

まだ、認めたくない。私達は、ひたすらに動いた。

確実に、ビニール袋は私達のゴールに迫っていた。
ビニール袋を使用している以上、ロングパスは突風などの偶発的な要素が無い限り不可能だ。地道な積み重ねが勝敗を決することを、私達は焦りと共に思い知った。

やがて、味方のゴールが破られる。

仲間のなかでも心の折れやすい幾人かの眼には、もう涙が滲んでいる。
まだ早い。諦めたその時が成長限界だ。出来る限りのことを吸収して帰るのだ。
試合は始まったばかりじゃないか。

汗だくになって、充実感と共に思う。
私達の青春は、あのコンビニ袋そのものだ。

白く、薄っぺらく、
そして最近は燃やして処理することも出来るようになって、
とても地球に優しいのだ。
 


独居解散の夜

 
僕の借りているアパートが、突然解体された。

その夜、いつものように家に帰ったら、コンクリートの土台だけになっていた。
もう冬なのでとても寒い。僕は近くから布団を調達して、かつて自室だった区画に敷いた。

布団はまず、自分の体温で暖めるものだと思っている。しかし外気に直接晒されている布団に入るのは勇気が要る。僕はためらっていた。

そこに旧友が通りかかった。旧友は外国で勤めている。ここで会うはずがないのだが。
僕は驚いて声をかけた。旧友はとてもめんどくさそうに、

「疲れてるんだよ」

とだけ言い捨てて、その場を立ち去ろうとした。
いやそれはないだろう、久しぶりじゃないかと食い下がったが、無駄だった。

「だから、疲れてるんだって」

もう一度同じ言葉を言い残して、旧友は去っていった。
何故ここにいるのかも聞きたかったし、今の僕が置かれている信じられない境遇を面白おかしく聞かせたかったし、彼の遺した気配に載せられて、張り付いた笑顔のまま、話すあてのない話がどんどん積もっていった。

そういえば、僕の部屋にあったものは、どこへ行ってしまったのだろう。
あまり考えを進めると頭がどうにかなってしまいそうだったので、僕は考えることをやめた。

そういえば僕も疲れている。眠気はいつもと変わらない。環境が変わっただけじゃないか。今夜も寝なくちゃならない。明日だってあるし。

明日?この現状に多少なりとも向き合う方がまともじゃないか?

立ち返り、無駄だと諦め、また立ち返る。よくわからなくなってきた。ほんとうに疲れた。
僕は色々を諦めて、そのまま布団に入った。

翌朝はとても良い天気だった。
僕は大家さんに文句を言いに行った。

大家さんは50過ぎのおばさんだ。
寒さでガタガタ震えている僕を見て、大家さんはくすくすと笑っていた。
何を笑っているんだと腹が立った。文句を言おうとしたら、スッとお茶が出てきた。
お茶はとても温かかった。

やはり、身体が冷えていたんだな。と思った。
 


大きな柳の木の下で

 
母と二人で国道を歩いていた。

国道の向こうから数人が険しい顔で走ってくる。化粧をしていない人、パジャマ姿の人、携帯電話で大声で話している人、泣いている子供、みんな両手に持てるだけのものを持っている。
きっと町に向かうのだろう。みんな山の中腹にある住宅地の人たちだ。

私と母は、彼らが逃げてきたところに向かって歩いている。

みんな何から逃げているのか、そこで何かが起きたのか、どんな場所なのか、私は知らない。母も知っているかどうかわからない。とにかく国道を歩く。

たくさんの険しい顔とすれ違ったが、皆、私と母には関心を示さない。自分や家族のことで精一杯なのだろう。

小雨が降ってきた。

とうとう誰ともすれ違わなくなった。住宅地の人たちは全員逃げおおせたのだろうか。いつのまにか霧が出て、周囲が薄い灰色味を帯び始めた。

私と母は、そのまま国道を歩き続ける。

どれくらい歩いたかは覚えていない。私と母は広い斜面に出た。

そこは綺麗に刈りそろえられた芝生が一面を覆っていて、霧で濡れた芝生はとてもよく滑った。私はそこをおっかなびっくり歩く。

母は慣れた様子で、すいすいと斜面を下る。
心なしか、斜面がどんどん急になってきている気がする。
霧で母を見失うのではないかと不安になり、恐る恐る斜面の下の方を見た。

巨大な柳の木があった。

葉が茂りに茂った柳の大木は、あまりに大きいからか、遠くにあるのか近くにあるのか全く分からない。場違いなくらい大きなその柳は、低くブーンという持続音と共に、不気味な威厳を発している。

恐ろしかった。

母はそこに向かって歩いていた。
目的地はこの大柳なのだろうか。

私は立っていられなくなり、斜面に仰向けで横たわった。
仰向けの状態でも、大柳と母は見えていた。

母は大柳の前で立ち止まり、手を合わせた。
何かを祈っているのだろうかと思った時、母の背中に青い気配が立ちのぼる様が見えた。

はっとした。
あの青い気配の色は、私が今日着ているシャツと同じ色だ。

あの気配は、私だ。

母の背中から立ちのぼる「私の気配」は、どんどん現実味を帯びてくる。
あれがもしも「私」なら、この私は「私」であり続けることはできるのだろうか?
斜面はどんどん垂直に近くなり、私は滑り落ちるのではないかと怯えていた。

これはさすがにまずい。私は訳が分からないまま自失の恐怖に駆られ、母を立て続けに呼んだ。

いくら呼んでも母の祈りは止まない。

私は声が全く出ていないことに気が付いた。
これでは気付かないのも無理はない。

私はもう一度だけ、声を振り絞るように、母を呼んだ。
 


四字熟語

 
思い出せないことがらは

四字熟語に圧縮されて
底の方に沈んでいる

四字熟語は何かの拍子で
たとえば弾けるように
たとえば浸透するように
解凍されて

「その場」自体が復元される
 


悪人が笑う

 
悪いことをしました

私は善人だから
悪いことをするのは
とても辛いものでした

なので
とりあえず笑ってみたのです
そうしたら
少しだけ楽になりました

テレビとかで
悪人はよく笑う訳が
わかった気がします

たとえその人が善人だったとしても
あの笑いをひとつするたびに
だんだん戻れなくなってゆくのだと
 


若者の歌

 
喫茶店で不意に聞こえてきた
若者らしい曲

視界に入ってきたのは
曲のイメージに合った若者ふたり

流れている曲と
若者たちの会話は
まるで同じように響いていて

しばらくの間
スピーカーを見ていた

数分経って
彼らの方を向いたら
若者たちはもう
そこにはいなかった

背後のスピーカーから
聞こえてくる音には

先程の若者たちが交わしていた会話が
曲に混ざったまま

まだ流れている
 


瞬きのダンス

 
水を飲んで
あぐらをかいて
じっとする

身体が揺れても
放っておく

じきに揺れはおさまり
背筋も止まる

眼は開けて
何も見ないようにして
音を聞く

いくつかの音を聞き
それらを少しづつ
耳の中で混ぜる

途切れなく
砂嵐の音が聞こえてきたら
そこに高い音を探す

少しづつ
瞼が痙攣を始める

瞼だけを痙攣させて
他は動かさずに

そのまま
日が暮れるまで
 


暗闇で読書

 
真っ暗で何も見えない

その中で読書をしている
ページをめくる音が聞こえるだけで
内容は見えない

それでも読書は進む
一枚づつページをめくり続ける

暗闇に慣れてくる頃
次第に錯覚が始まった

私は現在
あまりに大きく印刷された
活字の黒い墨の中で
埃のような点となって
ピラピラと紙をめくる音を立てている

私が居る活字は
把握できないくらいに大きく
その活字も
更に大きな一文の構成要素に過ぎず
その一文は更に大きな一ページの、

錯覚を中止した
くだらない

くだらないと思ったはいいものの
依然として暗闇は暗闇のままで

そういえばいつ明るくなるのか
なぜここは暗闇なのか
そもそもここはどこなのか

途方に暮れて
やることもないので
またページをめくる
 


携帯の重さ

 
携帯電話の電源がオンの時とオフの時とでは、少しだけ重さが違う。

実際の重量は変わらない筈なので結局気のせいなのだが、電源が入っている時の方が、どうも少しだけ重い気がする。

解約して用済みとなり、事実上「亡くなった」携帯電話は、異様に軽くなる。やはり気のせいなのだろうけど。

そういえば人が亡くなると、数グラムだけ体重が軽くなるらしい。
多分、メモリが消えたからだろう。

メディア上から消えたメモリの行方なんて、誰も気にしたことがない訳で。
ただ相手が人間の場合は、あまり気にしないというのも申し訳ない。

うしろめたいので、心ないながらも、
皆、とりあえず手を合わせている。
 


ブロードバンド

 
スーパーで野菜を買ってきた。

すこし考える。
今でこそ目の前の流し台でだらしなく転がっている野菜だが、この野菜は時速100キロを超える速度の平行移動を経て、ここに辿り着いたのだ。

べつに当たり前のことだ。

しかしこうしている間も、様々な野菜が草野球のボール並のスピードで、現在も全国中を縦横無尽に平行移動している。考えてみればけっこう凄い絵だ。キャベツを大砲で撃ち、キュウリをガトリング砲で乱射しているようなものか。そんな速度で野菜はここまで届けられるのか。凄いなやはり。

情報なんぞよりもはるか前に、野菜の世界ではブロードバンド化が果たされていたと言ってもいいのではないか。
大きなトラックの荷台と見れば普通の風景だが、畳6畳分に敷き詰められた白菜が時速120キロで並行移動していると考えれば、その異様かつ迫力のある様は、十分ブロードバンドの名に値する。

そんな事を考えながら、バレンシアオレンジを手に取る。

眼を疑った。

そこには「カリフォルニア産」と書かれてあったのだ。

一体、どれくらいの速度で移動してきたのか。
少なくとも「殺傷能力」という単語が現実味を帯びる速度であることは間違いない。

そういえばまな板の上で呑気に転がっているバレンシアオレンジは、
どことなく「ヤンキー上がり」のような風情を醸し出していた。

油断してはいけない。
 


繭、他愛のない話

 
明け方
私は夢を見た
隣で寝ている彼女と
他愛のない話をする夢だ

明け方
わたしは夢から覚めて
隣で寝ている彼と
他愛のない話をした

その他愛のない話は
夢の中で行われたのか
現実の中で行われたのか

結局わからないまま
勝手に陽はのぼって
気が付いたらもう夕方で

過ぎた時間のことだけ
あとで何度か思い出して
他愛のない話のことは
きれいに忘れてしまう
 


大気中のイカ

 
どうやら大気中には
透明なイカが泳いでいるらしく

私たちはその透明なイカを
見たくて仕方がないのだが

透明なイカは
人間の眼球が非常に苦手で
私たちが眼を閉じている間だけ
暗がりの隅から隅へ
しゅっと移動する

仕方なく私たちの眼は
瞬きの直前と
瞬きの直後で
微妙に感じるソレを
気配とか霊とか言う

しかしそれらは
全て透明なイカなのだ

しかも
非常に美味らしい
  


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