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2008年10月

フルスイング

その通りには、すこし大きな雑居ビルとマンションが隣り合わせになって建っていて、二つの建物の間には2メートルも無いくらいの隙間が空いている。

その隙間にあるボロボロの木造の建物。煙草屋だ。今にも潰れそうな風情でいつも店主らしきおばあさんがつまらなそうに座っている。

しかし、そこを訪れる人は多い。
多くの人が入れ替わり立ち替わり、お婆さんの前で何かを頼んでいる。不思議なことに、そのほとんどが煙草を買っていない。お婆さんは頼み込む客をチラリと見ては、無下な仕草で片手を広げ、その客を「シッシッ」と追い払う。

地上げか何かだろうか?
しかし、訪れる人の様子にそれらしき雰囲気は無い。明らかに近所に住む人々が通りがかったついでにお婆さんに声をかけ、何かを頼み、断られる。毎日、延々とそれを繰り返している。

お婆さんに声をかけてみた。
煙草の銘柄を尋ねられ、自分は煙草を吸わないと答えた途端、

「一見さんか。ダメだね」

と、見慣れた「シッシッ」を浴びた。
僕は用件も伝えていないのに「シッシッ」をされることに多少腹を立てたが、少し食い下がって聞いてみた。皆、一体何をお願いしているのか?

お婆さんは一瞬虚を突かれた表情になった。

「何だ、見物じゃないのかい」

ただ気になっただけと言えずに軽く口ごもった瞬間、
背後から「そこどけよ」という子供の声がした。

「お婆、これで百回目だ。約束通り百回頼みに来た」

男の子だ。少年は軽く涙ぐんでいた。

「頼むよ。見せてよ」

お婆さんは呆れた表情で、今日は疲れているから明日でいいだろと少年を窘めている。

「嫌だ。約束だ。今見せて」

やれやれとお婆さんは腰を上げた。予想以上に腰が曲がっている。見かけよりよほど高齢なのだろう。歩く度にどこかに掴まりながら、お婆さんは店の奥にあった黒電話で誰かと話している。じきに話は終わり、お婆さんは店の脇から少年の前まで出てきて、

「一度きりだ。見逃すなよ」

と、立てかけてあった木製のバットを手に取った。

ひょろひょろと素振りをするお婆さんの背中を見ているうちに、僕はだんだん心配になってきた。高齢者のやることじゃない。

このお婆さんは、一体何を見せるつもりなのだろうか。

通り沿いにある酒屋から、やはり高齢と思われる男性がゆっくりと歩道に出てきた。左手にはグローブ。遠目でも分かる。

お婆さんは少年に言った。

「あいつの球をよく見てろ。穴が開くくらいな。俺を見ていたら全部見逃しちまう。いいか、球だけを見てろ。球だけだ」

少年は唇を噛んで頷いた。
僕も何となくそれに従って、遠くにいる酒屋の主人の肩慣らしを見つめる。

「あんた、運がいい」

声をかけられたのは僕か?一瞬少年が僕を睨んだ。少し悔しそうに。

「来るぞ」

酒屋の主人が白球を放った。

反射的にボールに目をやる。するとキーンと高い音が耳を塞いだ。頭痛が少し。
時間の進みが遅くなっているのだろうか?車道の車は急にノロノロ運転を始め、歩行者用の信号機の点滅も遅い。羽ばたいているはずのスズメはツバメのように羽根を動かさないまま滑空している。僕はおかしな世界に放り込まれたような気分になった。

「球だけ見てろ!」

頭の中に、お婆さんの怒号が響いた。
僕はビクッとして、改めて球に目をやる。球は高速回転しながらゆっくりとこちらに向かってくる。

やがて、球はギンギン音を立てて回転したまま、お婆さんの目の前で止まった。

「目ぇ開けてろ」

お婆さんはそう言うと、腰を曲げたまま、流麗なフォームでスイングした。

一瞬だけ覚えている。
バットがボールに触れる直前の、チチッというベーゴマのような音。
その後の爆発音。

反射的に僕は目と耳を塞ぎ、しばらくしゃがんでいた。でかい爆弾でも落ちたかと思った。
気が付いたら、周りの景色はいつものように戻っていた。

振り向くと、少年の眼が充血している。
鼻血を垂らしながら少年は言った。

「お婆見たよ。俺、目ぇ閉じなかった」

お婆さんは「良いモン見たろ」と、腰をいたわりながら得意げに言った。
少年の鼻血がまっすぐ糸のように道路に垂れている。少年が「ウン。ウン」と頷くたびに、鼻血の糸が揺れる。大丈夫なのか?

僕は結局、起きていた事を目にすることが出来なかった。反射的な防衛本能に勝てなかったのだ。残念だと後悔する僕を見透かすように、お婆さんは言った。

「見る方にも、センスと根性が要るんだよ」


通じない場所


地図を見て、自分のいる場所を確認してみる。

自分は、ここにいるのか。

見慣れた大きさに比べてふたまわりも大きい汽車には、早朝と準深夜になるとたくさんの外国人が乗車する。その間にちらほら見える現地の人たち。

見覚えのある、どこか近しい顔。
まったく文化圏が違うのに、おんなじ表情。
立ち話になっても、なにひとつ話は通じない。

「アンタが何言ってんだかわからん、ってことだけ、わかる」と、
お互いに再確認し、笑顔で分かれる。

コミュニケーションは、しないに越したことはない。
交流の喜びなどは、十分の一でいい。
土壁のシミとか、パンクしそうな自動車のタイヤとか、折れたプラスチックの看板なんかを見てる時間があれば、それで十分。

雨の混じった風が冷たい。

帰りたいと一瞬だけ思ったが、
帰る場所がないから、ここにいるんだった。

色々忘れてきた。いい感じ。
30年後くらいに今日のことを思い出して、泣いたりするのかな。


ただの紐だから


ほどけた紐は、じきに結び目を作りたくなり、
結び目の付いた紐は、じきにほどきたくなる。

自分じゃ結べないし、ほどけない。
ただの紐だから。

誰が結んでるんだと訝しがっても、振り向けない。
ただの紐だから。

ゆっくり転がって、のたうちまわる紐。
自分で動けるじゃんかと感心してたら、

何という事はなく、
風に吹かれてるだけだった。


足音


暗くて長い廊下。エアコンが行き届いている。
時折見える非常口のランプ。外の木枯らし。窓に目を向けても真っ暗。

たくさんの人が息を潜めている。
たくさんの人が私の足音を聞いている。

背後からひとりの足音が聞こえてきた。
歩幅を合わせ、少しずらして、また合わせてみたり。
きっと知らない人だ。
でも、少しも怖くない。
なぜなら私は、ここのルールを知っているからだ。

『この建物の中では、知らない人でも、旧知の仲であるように振る舞うこと』

私の名前はまだ、誰にも伝えていない。
後ろを歩いている人の名前も知らない。

私は多分、振り返らないだろう。


その魚は


その魚の目の下には、小さな袋がついていて、
死ぬと、袋は破れる。

破れた袋からは、片栗粉のような液体が出て、
魚の目を塞ぐ。

液体はいつも、少しだけ足りなくて、
目は三日月形になって、

まるで、笑っているように見える。

その魚は、生きている間は浅黒く、悪臭を放つ。
死ぬと、腸内の物質が表面にまで染み込み、
初夏に咲く花のような匂いを放ち、
ウロコは虹色に輝く。

まるで、手足の無い仏像のようだ。

その魚は、薄暗い水の底にいる。
死ぬと、浮かび上がり、日の光を浴びる。

何千匹、何万匹と、一斉に。
その時期だけ、
小さい深緑の沼は、
ミズゴケの色に満ちた川は、
光を放ち、

全ての生き物は、そこに集まる。


オートパイロット


そこから見えますか?

真っ暗な空をゆっくり進む点。

それが私です。

私のほうからも点が見下ろせます。

おそらく海に立つ灯台でしょう。

現在は、自動操縦でただただ航路をまっすぐ進んでいます。

音は、ありません。

明日の朝にはそこに到着するでしょう。

灯台の点は、等間隔に薄く光っています。

エンジンを止めると、サイン波のような音が微かに聞こえてきます。

乗客は一人もいません。

操縦室のランプを消すと、ほとんど真っ暗になってしまいます。

そちらからは、まだ、見えていますか?

今見ている真っ暗な空。

そこにまだ、動く点が見えたら、

それが私です。


燃える家の中

 
燃える二階で、彼女はうなだれていた。

「なんかもう疲れちゃって」
さめざめと火事場で泣いていた。

どうも火事場で「さめざめ」は合わないなあと思いながらも、このままでは彼女が燃えてしまう。僕は仕方なく彼女の腰を掴み、窓から思い切り放り投げた。

彼女のおじいさんとおばあさんは、一階で泣いていた。

「別にもう、なぁ」
日頃の惰性で茶筒を探しながら涙を流している。

しめっぽいなあと思いながらも、このままでは老夫婦が燃えてしまう。
仕方なく僕は、おじいさんとおばあさんの腰を掴み、窓から思い切り放り投げた。

他にもいろんなものを放り投げた気がするが、忘れてしまった。

燃える家の中、気が付いたらひとり。

不思議と一定以上の炎にはならない。
20センチくらいの高さの炎は、かがり火みたいにそこらで揺れている。
僕はあまり熱くないところに腰掛けて、なんとなく炎を見ている。
火事場といってもただの火だ。じきに飽きてくる。
でも飽きたからといって外に出ようにも、四方は火の海だ。僕が燃えてしまう。

それは嫌なので、ずっと炎をみている。
つまらないと思いながらもじっと見ていると、
火もそれなりに面白いものだなあと思えてきた。


エリーゼのために

多分、この土地には老人しかいない。

ここには老人と花の種なんか売ってる雑貨屋と、
電柱に結わえ付けられたスピーカーがあるだけだ。

スピーカーからはだいたい一時間毎に、電子音で『エリーゼのために』が流れる。
その曲が流れてくると、ある老人は窓を開け、またある老人は玄関から出てくる。

皆、何をする訳でもない。ただスピーカーを見ている。

電子音は途中でブツ切れとなり、音はしなくなる。
老人達はまたゆっくりと自宅へ戻り、窓を閉める。

ねじれた砂漠のような土地。

また、『エリーゼのために』が流れてきた。

老人達は、実は皆知っているのだ。
この土地は、他の土地と分断される明確な境界線が引かれており、そこを越える者は誰であろうと容赦なく射殺されることを。
『エリーゼのために』は、ひとり射殺された合図なのだ。

老人たちは曲が終わるまで、スピーカーを見ている。
考えたら負けなのだ。
ボーッと、灰色のスピーカーを見て、ヘロヘロの電子音を聞く。
それだけ。
これは、気が遠くなるくらいの長い時間を掛けた戦いなのだ。

電子音がまた、途中でブツ切れになった。

しばらくして、また、流れてきた。


明日は雪が降る

異常に茎の長いタンポポ。
家屋そのものよりも大きなボイラー室。

沖からやってきた死体はきっと凍っているだろう。
そういえば思ったより海鮮類についてのサービスは希薄だった。

やる気がないのは寒冷地仕様か?
その辺を歩く女性の顔は一様に白く、
中学生のように固く表情を結んでいる。

何日も経つ。

いつの夕方も、皆言うことは同じ。

「明日は雪が降る」

次の日になっても降りはしない。天気予報にそれらしき予測もない。
皆昨日言ったことなんて忘れてる。

ガソリンスタンドのおばさんに一万円札を握らせると、本当のことを教えてくれた。

「雪なんて、見たこともありません」


名を刻む

その施設の裏手には石碑がある。

石碑にはステンレス製の板が埋め込まれていて、たくさんの名前が刻まれていた。しかしステンレス板には空白が多く、不思議に思った私は、付き添いの男の子にそれとなく聞いてみた。

「これは何だろう?」

男の子はステンレス板を撫でながら言った。

「ここに名前がある人たちは、もういない人たちです」

どういうことだろう?と聞き返そうとすると、

「僕も近々、ここに名前が刻まれます」

と言いながら、男の子は何も刻まれていない箇所を指さした。

「きっと、今週中。明日か、明後日でしょうね」

怖くないのだろうか?

「決まっていることですから」

男の子の表情は涼しかった。

秋から冬にさしかかる季節。沿道にはナナカマドの実がたくさん落ちている。
日が沈む時間が近づくと、ステンレス版は陽の光を反射して、ひとりひとりの名前をやけに強く光らせる。


通り魔


よく知らない人だけど、多分あの人の中に『闇』なんてなかったと思う。

明るく
元気に
未来を信じて
挫けずに
諦めないで

それらしかなくて、それらしかないことに耐えきれなくて。

明るい街の中。
決死の思いでかざした包丁は恥ずかしいくらいに薄っぺらく、見てた僕らは軽い気持ちで泣いたふりしてた。

重力を誰か、ここに。

靴とか郵便受けとか茶碗とか消費税とか無洗米とか石鹸とかと一緒に。


広すぎて無力感しか感じない土地。曇り空と無駄に大味な鉄道の街。
北だ。ずいぶんと北にいる。

聞こえる地名は全て初めて聞く名前ばかりで、妙に不思議な響きを持っていた。南洋のようなイントネーション。
ずいぶんと寒いはずなのだが、自分のいる場所はいつも寒くない。アルコールを飲んだ訳でもないのに、どこか芯だけ暖かい。時折聞こえてくる木枯らしを百万倍にしたような風の鳴き声が、「あっちの方」の尋常じゃない寒さを伝えてくる。

ここには、繭を見るために来た。

奥地にコンテナのような箱を繋いで出来た施設がある。箱同士は排気ダクトのような管で結ばれている。この箱の三方はトタンのような壁に覆われているが、一面だけガラス張りになっていて、外から中の様子を見ることが出来る。

中にいるのは、子供だった。

皆男の子だ。ひょっとしたら「男の子」と呼ぶのに相応しくない年齢の男性もいたかもしれない。しかし、彼らから感じられる無菌培養っぽい雰囲気は、まさに子供のソレだった。

19時。

コンテナの中の男の子達は、一斉に白い毛布をかぶる。
それっきり、彼らは動かない。
翌朝8時になるまで、そのままじっとしている。

「これが、繭か」

初めてみる『繭』の荘厳さに驚くと同時に、
自分がここに来た目的を思い出すと、胸が痛くなった。


目的地

空港へ着いた時に聞こえてきた、独特の『ぼおん』という持続音。

目的地が近づくにつれ、だんだん街の灯りが減ってくる。

何本か電車を乗り継ぐうち、付近に灯りはなくなった。

ここが、目的地だ。
とうとう着いたのだ。

持続音は、まだ続いている。


パッケージ


記憶を箱に詰める

箱詰めの時の
蓋を折り畳む音

箱を置く

サラリとした表面
撫でてみる

少しも痛くない

これからは
思い出すかわりに
この箱を撫でる



玄関に、きれいに畳まれた蝶が置かれていた。

次の日、蝶の羽根は根元から分かれて、

一枚は玄関の前に、

もう一枚は少し離れたアスファルトの上に。


返却

あなたからは まだ

何も頂いていませんが

とりあえず これを

お返しします

あなたは これに

見覚えが 無いかもしれませんが

私は

あなたに

これを お返しします

大切に しまっておいて

いつか

誰かに 返してあげてください


いい子


とってもいい子だったんです、と、母親は目頭を押さえながら言った。

確かにそうだったと思った。
しかし、目の前の母親の言う「いい子」と、僕らの感じている「いい人」とはおそらく全く別のもので、そこに共感が出来ないことがひどくもどかしい。

そのいい子は既に彼岸におり、いい「子」という言葉が彼岸とこちらに細く糸を引いていて、

その細い糸は、きっと彼女にしか見えない。

まあそういう時に、とりあえず、

眼を閉じる。


鳥二編


歩いていたら、ツバメが一羽

目の前を高速で横切った

目線の延長上にツーと引かれた線が

ボンヤリと滲んでゆく

*

まるで夕方みたいな朝

電線の鳩は突然飛ぶ

羽ばたいて頭上を

一周まわった

*


紅を引く


グラスにひび
2センチくらい

水が

一閃、線を引く

更に端から

赤い血が

しゅっと紅を引く


驚いた余韻


固いテーブルの上にライターを立てて
すこし指で押す

思ったより大きな音

ライターは倒れている

驚いた余韻がまだ体内に残っている

もういちどライターを立てる

音がする

繰り返す

そのうち音は脳内に録音されて
驚いた余韻は消える

消えた余韻を探して
再びライターを立てるが

もう、余韻はどこにもない


原子力発電所

夕方。国道脇の歩道。
女の子を連れた女性が歩いていた。

女の子は4、5歳くらいだろうか。母親のセーターの裾をしきりに引っ張っている。何かをねだっているのだろうか?
引っ張られる度にセーターの首周りは伸びる。母親の背中が一瞬だけ見えた。

母親は生き物として、子供に「ハツラツとした何か」を養分として分け与えているんだなと実感する時がある。母子間での「ハツラツとした何か」の総量は常に一定で、母親は蓄積したそれを常に我が子に流し込んでいるような感じ。
多分それは体力的なものや教育とも違うだろうし、母乳などの「ほんとに流し込んだもの」とも違う気がする。

相変わらず女の子はセーターの裾を引っ張っていて、母親の背中は何度も覗く。母親は若干イライラした様子。だんだん見ることについての申し訳ない気分が薄れてゆく。それはとても自然な背中だった。

チャンネルを回すと、社長と母親を兼任するスーパーウーマンという人の特集をやっていた。若い母親はとてもハツラツとしていて、その息子も同様にハツラツだった。母子共にツヤツヤな肌の張り。ハツラツを増幅しあっている。母親はこれからもどんどんスーパーなウーマンとして活躍し、息子はそれに見合うスーパーな息子になるのだろう。

文句ナシ。素晴らしいことだきっと。ただ、何か違和感を感じる。妙に言い切れない、根拠が全く無いのに思う「自然じゃないみたいな」感じ。

それは原子力発電所に対して感じるものと、とても似ている。


歌ってりゃいいんです


すごく正しく
大事なことだとは思いますが

お前だけには言われたくありません

お前なんて

歌ってりゃいいんです

ずっと歌ってなさい

お前も

お前もです

全員

歌ってりゃいいんです


家を置く

そこでは、個人が土地を所有することはできなかった。
そこでの「土地」とは既にそこにあるものであり、そこに個人が旗を立てて自分のものだと名乗ることは、衆人からすれば意味不明のことだった。

しかし、家はあった。そこでの「家」も私たちの言う家と変わらず、屋根があり、玄関があり、リビング、風呂、トイレなどがあった。唯一違う点は、家屋が地面に固定されていないことだ。その地域では住居を持つことを「家を置く」と言っている。決して家は「建てるもの」ではなかった。

その地域は、傾斜の極端に少ない平らな土地だった。人々は家を「置く」と、ふつうに日常を送る。置かれた家はそう軽いものではないので、酒に酔った主人が帰る家を間違えるようなことは皆無だった。

しかし、置かれた家屋は微妙に移動をする。風や、住む人々のちいさな挙動によって、年々少しづつだが、それぞれの家は近づいたり遠ざかったりする。

何十年も経てば別々の家屋同士が近づき、場合によっては隣接することもある。家が近づけば近づくほど両家の行き来は頻繁となり、隣接する頃には家族同然のつきあいになる。両家の若い者同士が結ばれることもしばしば起きた。

そしてやはり、隣接していた家屋同士が離れれば離れるほど両家は疎遠となる。かつては何世代にもわたって知っている家族同士だが、距離が発生することによって「知らないこと」が増えてゆく。それによって、ごく自然に両家には溝が発生し、一旦は仲が悪くなり、やがて疎遠になる。

何事にも例外はある。たとえばその地域を台風が直撃した時だ。滅多にその地域を襲わない台風の力は強大で、それぞれの家屋の位置やら向きやらと同時に地域住民の人間関係も一緒くたにシャッフルしてしまう。

そんな時には「祭り」をする。地域全体で行う壮大な名刺交換会のようなものだ。普段の生活に飽き飽きしている者達は皆、密かに「祭り」を心待ちにしている。

そういった祭りを欲する心が増大してきた故であろうか、じきにこの地域の家屋は極端に軽い素材を使ったものが多くなってきた。ちょっとした風でも動いてしまう家屋。年寄衆に言わせればこの軽量化に伴って、人間関係もよりインスタントなものになってしまったとのこと。閉鎖されたこの地域も、近代化の波とは無縁ではいられなかった。

時は過ぎ、やがて必然的に家屋の下には車輪がつけられる。
もはや何もしなくても勝手に動き出してしまう家屋は、勢いづくと時速5キロ程のスピードで直進する。
それにぶつかった家がまた動きだし、風や子供の悪戯なども加わって力は連鎖する。回転を加えられ、カーブを描いて進む家屋。
その地域は、さながらビリヤード場のようになった。

その地域に信号機が作られるのも、そう遠い未来ではなさそうだ。


だめなんじゃないかな


深呼吸をして
気持ちを落ち着けて

口に出してみる

「だめなんじゃないかな」

もういちど
ゆっくり

「だめなんじゃないかな」

薄目で道路に目をやる
雨が降ったわけでもないのに
5ミリくらいの水の膜が見える

何かが閉じる音
それからまた開く音

遠いところ、アスファルト、地平線

言葉がカーリングみたいにツルツル滑ってゆく

「だめなんじゃないかな」


夏ではない


どこまでもだいたい黄金色。
もうすっかり夏ではなくなった頃、稲刈りとかの農作業を終えた夕方。

晴天。
やたらとトンボが飛んでいる。

その日出来る一通りの作業を終えて、土手に腰掛ける。乾燥した枯れ草と、その下で湿り気を帯びた古い枯れ草と、まだ青い草の混じった匂い。

空腹。

風が吹いている。肉体労働の後なので身体は熱い。薄い汗を風が撫でる。

やはりもう、夏ではない。

空気自体が既に涼しい気配を漂わせ、それをかき混ぜるように風が通る。空は高く、まるで巨大なドームの中にいるようだ。上から下、左から右、前から後ろへ、サラリサラリと風は皮膚を撫でる。

やや季節はずれの半袖Tシャツ。その袖が小さく揺れている。

じっとしている。

もうしばらくここでこうしてたら確実に風邪をひく。

涼しい気配と薄く撫でる風が、少しづつ皮膚の内側を浸食し始める感覚。もうまずいなと分かっているのだけど、もう少し、もう少しと、風に身体を浸している。

風邪をひくぎりぎりのところで、
身震いをしないように、
晴れているような、
もうすぐ日が暮れるような、
星が見えたような、
疲れたような、
元気なような、
眼の覚めるような、
眠いような、

もう夏ではないのに。


静かな角砂糖


水をためたガラスのコップ。

角砂糖をつまんで、静かに水の中に落とす。
その動作をほんとうに静かに行えば、角砂糖は向きを変えずに、まっすぐ底へ落ちる。

水を揺らしてはいけない。
コップの前で静かに息をしていれば、水は対流せずに、角砂糖もそのままの形を保ち続ける。

これで、準備は終わる。
あとはひたすら待つのみだ。

やがて、ほんとうに少しづつ、角砂糖の形が変わってくる。
もしも気泡が出たら、それは失敗だ。

できるだけ何も考えないように。

そうすれば、いずれ、
角砂糖は、きれいな球になる。

水の中で完成したきれいな白い球は、
やがてゆっくりと底を離れ、上へと浮かんでくる。
水面にたどり着くまでに、球はどんどん小さくなって、
やがて溶けてしまうけれど。

しかし目線だけ、白い球が浮かぶ速度に合わせてゆっくり動かしてゆけば、
水面を超え、さらに上へと浮かんでゆく、
小さな粒が見えるはずだ。


壁に向かって言う。

「もう、疲れてしまいました」

壁は立っている。なにも言わない。

ぼくは向き直り、そこを離れる。

やはり壁は立っている。

なにも言わない。


艶めかしい単音


上体を軽く反らせて、最初の揺れが生まれる。

それをそのまま脇を通して肘に。
そして手のひらに。
やがてその揺れは指先までたどり着いて、

ひとつ、鍵盤を押す。

そうしないと出ない音というのはやはりあって、それはその人自身の身体全部が、どういう記憶を染み込ませて、その上でどういう動きをしているかというのを如実に表している。やはりピアノというのは全身で奏でる楽器なのだなあと思う。

きっと、ボールペン一本で手紙をしたためる場合もそうだろうし、料理をする時の包丁さばきもまた然りで。僕らは料理や文、音楽などなどの全体像を捉えてああだこうだ口にするけど、実際それを目の当たりにする現場では、単体の音や刻まれた物自体が生まれる瞬間、それに呼応するように小刻みに感情を振動させて、それの集積がキャパシティ超えをした時に、感動したとか言うのだろう。直接身体が反応して涙を流したりとか。

決して美しい女性ではなかった。
曲がだいいち好みじゃなかったし。
しかしは、彼女が「一音」を出すために腰から指先までを使う所作。女性の艶めかしい動きというのは、性的なものが伴わない場面でも起こり得る、というか、それが性的なものからかけ離れてゆけばゆくほど艶めかしさを増すのだなと思った。

音楽の神に奉仕する為、自己をどんどん消してゆく巫女のエロ。

曲のうねるような流れが止む。
曲が切れた瞬間から、彼女の、彼女らしさが消える。
すぐに、彼女の身体の中から音が生まれる。
それは彼女の全身を流れてゆき、
指先にまで運ばれて、

間が空いて鳴る単音。

その単音が妙に艶めかしい。そこから再度曲が流れ始めるのが残念だ。

曲、また止まってくれないかな。
あの単音、澄んだ水みたいにイヤラシかったな。


セロテープ


壁に何となく貼られた5センチくらいのセロテープ。

横向きにペタリと、ただ貼られている。僕が物心付いた時からずっと張ってある。

うしろにいた祖父に、あれはどれくらい前から張ってあるの?と聞いてみる。

「俺の生まれる前だから、百年ってとこか?」

ウソだろそれは流石に、と、背中の方を向いたら祖父が居ない。
そういえば、祖父なんてそもそもいなかった。

改めてセロテープを見る。どこにも貼ってない。
そうか。確かにこの壁には、最初から何も貼ってなかったな。

あれ?

そもそも、ここ、誰の家だ?
少なくとも僕の家じゃない。

・・・家?
家じゃないじゃんここ。

もういいや。やめた。
・・・って、何しようとしてたんだっけ?
ここどこなんだろ?

なんで真っ暗なんだろう?
なんで何も聞こえないんだろう?
声も出ないや。

疲れたから寝よう。
あそか。もう寝ていたのか。起きよう。
・・・あれ?今、どっちなんだろ?


木星からお届けしております


海苔佃煮を食べたいのに瓶のフタが開かない。

渾身の力を何度も込め、暖めたり冷やしたりドライバーでこじったり、
一瞬カナヅチで瓶自体を割ってしまおうかと考えてやめてみたり、

開かない。

頭に来て眠る。
翌朝、また渾身の力を込めて。
そんな事を何度も繰り返し、はたと気づく。

「閉」の方に回してんじゃないか?

改めて逆の方向に回す。
ピクリとも動かない。

もう、どっちの方向に回しても動かない。っていうか、自分はフタを開けようとしてるのか?閉めようとしてるのか?
なんだかもう、ただフタを握って力を入れてるだけに思えてくる。

そうすればするほど、瓶の中にある海苔佃煮は遠くなってゆく。すぐ見えるのに。

えーと、つまり、

木星に放置されっぱなしになった海苔佃煮の映像を、瓶が立体テレビで放映している訳だ。

すごくくだらない。
結局時計は動いていることに驚くばかりだ。


なにか


ずっと膝カックンされたように浮いた足、疲れた全身。

誰かが亡くなったときにどっかから発生する「なにか」は、その正体があやふやなまま、その人を知る全ての人に対して、確実に何らかの作用を及ぼす。

とりあえず泣いてみたり、怒ってみたり、速攻でその人を偲ぶ定型句をひねり出したり、何とかどちらかのベクトルに感情を傾け、僕らはとにかく自分の内部を沸騰させようとする。

僕らがそうしている間、「なにか」は、虎視眈々と様子を伺っている。

感情が凪いだ時、重い腰を上げるように「なにか」は僕らの内側に定着する。だいたい気が付かないうちに定着は終わっていて、その違和感はとても大きく、僕らはその違和感故にすごく疲れる。

疲れながらも感じる。
その人についての全てがまだ記憶箱にストックされないまま、頭の左右に浮かんでいる。生きても死んでもいない、彼や彼女についての記憶。それらはいずれヘリウムが無くなった風船みたいにゆっくりと降りてきて、いつの間にか記憶箱に定着するとは知っていつつも、僕らは身体の内側に定着した「なにか」と、浮いているその人についての全てをどうすることも出来ず、途方に暮れる。

具体的には食欲が無くなったりする。でもそれはまだ良い方で、そんな様を繰り返すうち、その状況にありながらも食欲旺盛である自分に呻吟しようとするもその呻吟自体がどうにもわざとらしいと、それを数度繰り返した後、やっぱり途方に暮れる。

そうやって開けても暮れても無意味である時間を持て余しながら、もういない彼や彼女は、かつての彼や彼女の肉体を離れて分散し、僕とかあなたとかの体内に張り付く訳なのだけど、そうするまでの移行期間は、まったく見事なまでに彼や彼女は「いない」。

いない。という単純な事実が一番まずい。
あの「なにか」は、虫歯の治療後に金歯銀歯を埋め込むまでの繋ぎで入れる、何だか粉を溶いて固めたような変な詰め物に似ている気がする。

あの「なにか」が無かったら、「いない」とか「ない」とか、知ったらまずい真空を体感しちゃう羽目になるのかもしれない。

その真空は、きっと、とても正しいものなのかもしれないけど、少なくとも僕はその真空に耐えられそうにない。

あの「なにか」は、きっと自分で詰めたのだ。
自分で詰めた「なにか」のせいで、まだ延々と

膝カックンされたように浮いた足、疲れた全身。

少しは偲ぶようなことを言えたらいいのにな。


頼む。


すまない。ドラえもん。
こないだあんなこと言った。悪かった。

人を生き返らせる道具。

くれ、
出せ。

頼む。


夜のスイッチ


途端、夜のスイッチが入った。

夜のスイッチが入ると、道路の至る所に立っている信号機のランプは三色のドロップになる。甘いのだ。

三色のドロップは光を放射状に広げ、酸味の効いた甘さを燦々と放つ。僕ら夜を歩く人は、それをただ浴びるだけ。

歩く足取りに筋肉の実感がある。時々聞こえる自動車の音。ガチャンガチャンと規則的に鳴る厨房の裏口で聞こえた金属音。夜のスイッチはそれらのどれをも明確にする。まるでシンバルの音だ。ノイズだらけのクリスマスソング。破裂音に満ちた盆暮れ正月。

夜のスイッチが入った。

みんなの顔が急に彫りが深くなる。眼は輝き、テンションは徐々に尋常さを失ってゆく。小走りになって夜の黒を満喫する。深夜に映える真っ白なペンキで塗られた歩道橋、失神するくらいカッコイイ。

落ち着け、
落ち着け、
落ち着け、
バンザイ!

夜のスイッチが入った。

眼は強まる遠心力に従うしかない。ぐるぐる回って脳髄の液を沸騰させる。着ている服をちょっと破って空き缶を潰して、素っ頓狂な声をあげながら丁寧にゴミ箱へ。紳士。夜のスイッチはみんなをイカれた紳士にする。橋の欄干で何度もジャンプすれば、川の流れは逆流する。

夜のスイッチが入った。

一部、夜の一部を、見たことがありますよ。それらはどれも恥ずかしいくらい光を放っていて、見ているだけでいつも、つま先がジワジワ熱くなるんですよ。


超能力


一時期、父親が長期入院をしたことがある。
深刻な病気ではないが長期で入院が必要とのことで、僕ら家族は交代で見舞いに行っていた。

最初の頃は心配しながらの見舞いだったけど、繰り返すうちに頼まれた物を持って行ったり持って帰ったり、なんだか宅急便みたいなやりとりになってくる。

父親はだいたい、夜になるとラジオでナイターを聴きながら寝てしまう。僕は何となく帰れなくて、そんな時はだいたい、父の隣のベッドにいたお婆さんと話をしていた。

お婆さんはゆっくりアルツハイマーが進行していて、赤の他人である僕を色んな人に見立てて話をする。息子や孫や旦那さんや、果てには酒屋のオジサン、ゴミ収集車の兄ちゃんなど、僕はお婆さんが呼ぶまま、色んな人になってお話をした。祖父母というものを知らない僕にとって、それは結構新鮮だった。

お婆さんと話をするようになってから、僕は父親の見舞いが楽しみになってきた。父親もそれを知っている様子で、まるで二人分の見舞いに来てるみたいだな、と言った。僕はまんざらでもなかった。「そう言ってみた」父親もまんざらでもなさそうで、思い返してみればそれまであまり交流らしい交流をしてこなかっただった僕ら父子の関係を、お婆さんが修復してくれたように思えた。その暖かい感じは慣れないものだったけど、嫌いではなかった。

その日もお婆さんは黄昏れていた。ベッドから落ちるのを防ぐ為なのか、拘束具をつけたままニコニコと笑っていた。

父親はもう退院の目処がついていた。僕はお婆さんに会えなくなるのが少し寂しかった。どう説明したらいいかわからないまま、僕はいつものように口にした。

「お婆さん、また来ますね」

やはり人は敏感な生き物だ。お婆さんは分かっていた。

「もう来ないってことくらい、知ってますよ」

お婆さんは笑っていた。
僕の腹の中にある、安っぽい部分を鷲づかみにされた。僕はお婆さんの顔を見るしかなかった。きっとすごく変な顔をしていたと思う。恥ずかしかった。

お婆さんは少し真面目な顔になった。

「そんなのはもういいから、最後に話を聞いてくれると嬉しいんだけど」

僕は頑張って笑顔を作り、頷いた。

「ご存じだと思うけど、私はもう、ずいぶんとボケてしまってね。でも、たまにスッキリする時間もあるんです」

明瞭だった。お婆さんのそんな姿を見るのは初めてだった。

「まだ誰にも話したことがないんだけど、あなたには聞いてもらいたいと思って」

お婆さんはもう僕を見ていなかった。足下にある柵をじっと見ながら話ししているお婆さんがボケているのか明瞭なのか、僕には判断が出来なかった。

お婆さんの話を要約すると、こうだ。

どうやらお婆さんは、生まれてから今に至るまで、手を使って靴の紐を縛ったことが無いそうだ。誰かにやってもらっていた記憶も無いらしい。じゃあどうしていたかというと、

「少し後頭部に力を入れる」と、靴紐が結べたらしいのだ。

お婆さんは子供の頃から、どうしてみんな手を使って靴の紐を縛っているのか不思議で仕方なかったらしい。手でやるより、姿勢を良くして、きちんとする(後頭部に力を入れる状態をお婆さんはこう表現していた)方が、きれいに紐を結べるのに、と思っていたそうだ。
紐をほどく時はどうしていたかと尋ねると、「そもそも紐はほどけているから結ぶ」とのこと。靴を脱ぎたい時には、自然と紐は緩くなっているものだと思っていたそうだ。

嘘を言っているような雰囲気ではなかった。人前では恥ずかしくて出来ないらしい。女性らしい一面ということか。

しかし、なぜそれを僕に、それも初めて打ち明けたのだろうか?

「わからないんです。そういうのがボケてるってことなんでしょうかね」とのこと。恥ずかしそうに笑いながら言っていた。可愛い笑顔だった。

長いこと話していたら疲れてきたのか、お婆さんはそう言うと、また黄昏の世界に入っていった。ニコニコしながら点滴の袋と話している。

僕は父親の方に向き直って、今の話、やっぱり超能力なのかなと聞いた。
父親はイヤホンを外して、

「お前だけに打ち明けた話なんだろう?俺とその話をしたらいかんだろ」と。

確かにそうだなと思って、お婆さんをチラリと見る。お婆さんはまだ点滴の袋に深刻そうな相談をしていた。

父親が言う。

「でも、誰にでも一つはあるものだ、そういうの。俺にもあるしな」

驚いて父親を問いただしても、教えてくれない。「まぁあえて言う程のもんではないし」と濁されるばかり。

もう夜になっていた。
帰り道で僕はひとり、自分のことを思い返してみたけれど、そんな不思議な能力は過去の記憶のどこにも見あたらない。

ひょっとしたら、そういうのが無い人って、僕だけなんじゃないかと不安になったけど、信号待ちをしている時に見えたトラックの荷台に描かれた大きな看板とかその辺にいた野良猫とかを見ているうちに、すっかり忘れてしまった。

たまに思い出すけど、どうもぼんやりする。
お婆さんの言った通り、僕はあれからお婆さんには会っていない。


ひみつ道具


何もあの真っ青な丸いロボットに頼まなくたって、この情報化社会、だいたいの物は手に入っちゃう。

今日も手に入れたちょっと心配になる一品。いかにもアイツが出しそうな代物ですよ?「ひみつ道具」とか言って。

で、大抵いつもひっついてるあの半ズボンメガネが、その「ひみつ道具」で毎回トラウマにならない程度に追い込まれて終わるんだっけ。

どっか教訓めいてたけど、ためになる話は多かったような気がする。
でも、あの戯画から学んだことはたったひとつだけだったな。

「ひみつ道具」なら、秘密に使え。

それだけ。
だいたい目立とうとするから恥をかく。莫迦には学習機能が無い訳で、そして僕は莫迦じゃない。

そういえば言ってなかった。すみません。
えーと、僕が手に入れたのは、

「何でも消せる消しゴム」です。

ね、いかにも腹のポケットから出てきた感じでしょ?僕もあからさますぎて少し恥ずかしいんですよ。

とりあえず、手近なものをコレでこすってみたんですけど、ほんとコレ、何でも消せちゃいますね。

悪用できちゃいそうだなーって思ったけど、何の得もしないのでやめました。どこの家にも包丁あるけど、人を刺すことにはまず使わないもんね。
使い方考えるのもめんどくさいし、コレで適当なもん消して遊んでた方が面白いかなーって。無駄遣いの贅沢を満喫するつもりです。

で、外に出てみると、案外消せるものが少ない。ちょっと気になるものって、みんな「誰かのもの」なので、申し訳なくて消せない訳で。
仕方なく道路標識消してる途中で、ちょっと待て今僕かなりマズいことしてる、って気づいて慌てて逃げ出したりとか。

そんなことやってるうちに、多少の反社会的行為は仕方ないかなって思うようになりました。やっぱり生きているってことは、誰かに迷惑をかけ続けるってことだし、しょうがないかなって。

とりあえず、色んなものを消しました。
気がついたら、消したものはほとんどここでは言えないものばっかりになってしまいました。周到にやっていたので誰にもバレなかったんですけどね。

で、やはり、ある日、見つかっちゃう訳なんですけど。

その人は予備校の先生かなんかで、かなり好奇心旺盛な感じでいろいろ質問してきて、

その質問責め、実はかなり嬉しかったんですね。その時今更ながらに気づいたんですけど、人と話すの久しぶりだなって。僕も興奮しちゃって、ついべらべら喋ってたら、なんかその人だんだん引いてきて、ついには僕一人が喋り続けてる感じになってきて、

あ、やばいなーって思ってても、なんかもう止まんなくて、ああこの人僕は友達ゼロだってこと感覚的に分かっちゃってるだろうな的な空気がひしひしと伝わってきて。

で、その人があくびして、もう帰ると。

凹みましたねすごく。でもそこでそんな様子見せたらもうなんか人間的にみっともなさすぎるなって、結構がんばりました。

何故かって、その人結構よさそうな人だったので、僕友達になりたかったんですよ。あの消しゴムってその為にあったんじゃないかなって錯覚するくらい。

ちょっと変だけど、勇気出してメールアドレスとか交換しようかなって思ったんだけど、

「では」って、その人帰っちゃいました。
僕一人。

えーと、さっきまで僕ひとりで、自宅で大泣きしてました。僕、寂しいヤツだったってことに今更気がついちゃって。
何年ぶりかの大イベントだったな。一人きりの。

では、寂しいのにも飽きたし、久々の大泣きも飽きて、もういいやって気分になったので、これからこの消しゴムで、自分をこすってみます。

最期に、手、残るのかなぁ。
あ、指か。


無一文


とうとう財布が空になった
中をいくら見てもお金はありません

無一文だ

バンザイ

今日は何をしよう
さあたった一人で会議だ

歌おうかな
すてきな歌がいいな

大きな声で歌いました
みんな聴いてくれたかな

バンザイ
僕は無一文です

部屋で服を脱いで
もう一回着て
元気よく外に出かけよう
夕焼けと電車の音はよく似合いますね

スキップ

みんな元気ですか

僕は元気です
元気な無一文です

バンザイ

いつだって正午
いつだって日曜日
言わずもがなの永続連チャン夏休み


落ちてる10円を発見しちゃったんですね

それを橋の上から思い切り
川に投げ捨てる訳ですね

パーッと

川は何だかピカピカしていて
それはそれはきれいでしたよ


洗濯物


風に揺れている洗濯物を見ていると、
「生命の尊さ」とかの定型句がどうでも良くなってくる。

あの人の抜け殻が風になびいている。
だから、あの人は居る。

もう居ない人の洗濯物は、私が知らない場所でなびいてるのだろう。
きっとそこは冷たくて怖い場所だから、私はそのことは知らなくていい。

あの人を落ち着いて見ることが出来ない。寝顔ですら。
けれど、物干し竿で揺れている洗濯物ならすこし冷静に見ていられる。

顔を合わせていると、どうしても私の中にある膿みたいなものを意識してしまう。その度に、私は私を嫌いになる。

だから今のうちに。
洗濯物を見ながら、私はひとりで精一杯あの人のことを考える。

充足した時間。
私はずっと、あの人ではなく、あの人の洗濯物ばかり見続ける日々を送る。

洗濯物が揺れる。あの人は居る。

遠く上、めずらしく鳶が輪を描いている。

幸せだ。


切り株


樹が伐られた
だから空がとても大きく見える

かつての跡を眼で追う
樹の輪郭を浮かべてみる

たしかあそこに枝があった
あんな実をつけていた
葉はすこし光沢があった

思い出しながら見ても
当たり前だが何もない

空が見える
それだけ

切り株は丸く

空は広い


金メダル


柔らかい壁材に
画鋲の先を当てる

指先に力を入れる

固定された画鋲は
ゆっくりと壁材の中に沈む

面積は小さいけれど、深い傷
傷つけながらそれを埋めてゆく金属

後ろめたさ
押し込まれた痛み

壁の真ん中で
画鋲の表面は
金メダルみたいに輝いている


なめとこ山で一時停止


ハァハァ言う声
向けられた銃口

雪山
手がひび割れている

すまない、すまないと
腹の中で何度でも謝る

眉間を狙う

まんまるい眼の熊だ
臭い。独特の存在感がそのまま臭気になっている

熊は動かない
銃口もブレない

雪が止んだ
音が消えた

「生活の為なんだ」
「こいつ、誰だ」

脳裏に言葉を張り付けたまま対峙
時計の針はきっと止まっている
光の移動も止まった

荒い息で肩が揺れる
銃口がすこしブレた

一瞬熊は身震いしようとしたが
思いとどまって、小さなしゃっくりを一回

交互に合間を置いて
小さな痙攣

改めて
音はない

光も
動かない

緊張が終わらない

男と熊

石像になるまで対峙は続く


蒲団


横たわる本当の理由は
蒲団と密接したい訳ではなく
蒲団そのものになりたいからだ

蒲団そのものになって
正午の日射しを目一杯浴びたい

蒲団になりたい

出来るだけ身体を平らにして
手のつま先から足のつま先まで
水平にのっぺりとしてみる

しかしどこまでも身体は身体な訳で

みんな知っている
一番蒲団に近いかもしれない状態の
「生き物でなくなった」僕らは

生乾きになって、焼かれて、
銀色の大きな四角い皿の上で
乾燥した音を時折立てるだけ

どうやっても蒲団になんてなれないことを
みんな知っている

それじゃ非常に寂しいので
誰かに電話する

電話の向こうにいるのは、人ではなく
暖かい蒲団だ


認印


一回捺印するたびに、身体の一部をちぎって撒いている気分になる。

だいいち、「朱肉」の字面自体がそんな感じだ。
ベニスの商人だっけか。

肉1ポンド

一度にその量はちょっとキツいけど、これまでに幾度となく行ってきた捺印を合計すれば、1ポンドどころじゃない気もしてくる。

子孫でなく、わたし自身をちぎって置いてくる。ほんとうに少しづつ。

旅客機から見下ろす時、陸全体が薄紅色に見えるのは、
きっとそれが理由なんだろう。


農夫の煙草


国道沿い、農夫
着てるものまでアースカラーに染まっている

くわえた煙草だけが白い
農夫の口から伸びている
真っ直ぐ水平になった煙草

遠くからでも、よく見える白

しかしそんなに勃起しなくても
まるで遮断機みたいじゃないですか

道路脇左側でビンビンに屹立する農夫の煙草を
時速70キロでスルリと通り越す

昼食を食べなくてはならないのだ


こっち来いよ

ホテルの窓の外

高い木の枝が激しく揺れている

こちらは空調完備
あちらは木枯らし

枝が

「こっち来いよ」

と、ノックを繰り返している

一定のリズム

ずっと


道具をつくる人の道具


道具をつくる人の

道具を

つくる人

の道具

をつくる

人の

道具

つくる

人の道具

つくる

赤ん坊

泣いている

のを

あやす道具

作る人

道具を

作る



子供やめたい


打撃音で脳ミソがひっくり返る様を
一生懸命伝えようと

腰を捻ったり
地団駄を踏んだり
ダッシュで自宅〜八百屋間を往復したり
斜め上75度に顔をそむけて口パクパクさせてみたり

何とか、何とか
頑張ってみても

微笑ましそうに頷かれるばかり

耐え難い
このまま爆竹ひと箱口に含んで
あんたの前で爆発してやろうか

微笑ましそうに頷かれるばかり

すいません
ほんと

もう、子供やめたい


薬缶

薬缶から湯気が出ている
中でボコボコと泡の音がする

笛のような音が聞こえてきて
窓が曇る

まだ冬じゃない
でも夕方なのに
もう暗い

灯りを付けなくちゃと思ったけど
何もせずに

薬缶を見続ける


その間は植物

靴を履いて出かける
その間は動物

日が暮れて
動物は疲れしまう

家に帰って靴を脱ぐ
その間は植物

空から家を見下ろす
窓に明かりが灯る

花が咲いたように見える


ブラウン管

70年代の刑事ドラマかなんかの
銃撃戦のシーン
車の爆発するシーン
吐く息荒い追いかけっこのシーン

「ねぇ、お父さん」

肌理の粗い映像
RGBのどれかひとつ突出して
今見れば変な肌の色

「ねぇ、お父さん」

24時間
365日
点滅を続けるブラウン管

「ねぇ、お父さん」
「呼んでるよ」

「出ておいでよ」


囓った時の顔

果物と野菜を

それぞれ半分づつ

包丁で切って

分ける

ゆっくり食べる

笑う

は、もう止んでいて

シャリと噛む音

笑う

車の音

酸味のある芯

囓った時の顔

笑う

もういちど

わざと

笑う

こんな日は

もう来ないと思っていた

確かめるように

笑う


黒いジャングルジム

真っ黒いジャングルジムに絡まって動けない。
真っ黒いジャングルジムは骨でできている。

すごく黒い。天然の色だ。塗った訳ではない。

猿風情じゃ太刀打ち出来ない。
猿風情じゃ動けない。

猿の骨は真っ白で、
それはとても恥ずかしいのだ。

黒いジャングルジムはいつも、
晴れた日は三次元の影として屹立し、
曇りの日は、周囲の色を吸い込んで、世界の奥に潜り込む。
夜は、己の黒を外気に発散し続ける。

猿風情は身動きがとれないまま笑ってる。
実はすごく嬉しいのだ。


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