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2008年9月

合唱


眼を閉じる人
息を吐き
息を吸う

繋がれた機械
息を吐き
息を吸う

見守る人
息を吐き
息を吸う

白い天井
白い壁
窓の外にはポプラ並木
電子音のメトロノーム

ベッドの外周50センチにだけ聞こえる
小さな
3人のユニゾン


ソーシャルネットワーク

遠くに見える対向車が二回ランプを点滅させた。合図だ。

運転席から、女性の手が伸びた。
手の先に何か持っている。

また、二回ランプが点滅した。

僕は同じように、運転席の窓から手を伸ばした。

速度をあげて、対向車が近づいてくる。
僕も速度をあげた。

擦れ違った。

バチッと音を立てて、互いの手が当たり、彼女は僕の手に一瞬で紙切れを握らせて、スピードを上げて遠ざかった。

子犬の写真だった。

僕はその写真を助手席に投げて、運転を続けた。

信号待ち。

周りの車は皆、さっきのぼくらと同じような行為を繰り返している。
バチッという音と共に交わされる、様々な紙切れ。
四方八方から聞こえるエンジン音と、途切れがちな拍手みたいな、バチバチという音。

なんか痛い。手を開いたり閉じたりして確認する。突き指してる。

助手席には子犬の写真。指痛い。
写真の子犬はとぼけた感じで微笑ましくて、

僕は少し悲しくなった。


手を振るように

ロケットの表面に、何人もの子供が大の字になって貼り付いている。

秒読み。

ロケットは発射された。

高度が増すごとに、子供たちは空中で剥ぎ落とされる。

大の字になったまま、ほんとうに楽しそうにゲラゲラ笑いながら落ちてゆく子供たち。

のぼってゆくロケットに向かって、手を振っているようにも見える。


気配の引っ越し


芳香剤を手で移動させる

元の置き場所に芳香が残っている

数秒後に芳香は再び

芳香剤の元に吸い寄せられ

気配の引っ越しは終わる


空を埋める惰性

ズル休みした日。

町を歩く。
遊びたくない。
お腹も空いていない。
眠くない。
辛くない。

曇り空を拝もうと上を見たら、
電波塔から大量のコンビニ袋がバラ撒かれていた。

風に乗ってガサガサと乱舞する、大量のコンビニ袋。

ある袋は膨らんだキノコ傘になり、ある袋はビリビリに破れて狂った踊り子となり、ある袋はのっぺりとしたまま空を滑る。

とにかく一面のコンビニ袋だ。

僕は無性に誰かの誕生日を祝いたくなった。こんな日に生まれたら、気分いいじゃないか。

どうしようもないイベント。
空を埋める惰性。

何だかすごく平和で。


カス

鉛を混ぜながら

練り上げられた消しゴムの

カス

息で吹き飛ばされて

散る


通行止め

いつも通っている道が、ガス管の工事で通行止めになっていた。
やけに体格の良い警備員らしき人が、通行止めの看板の前で棒を持って立っている。

よく見ると警備員じゃない。警察官だ。
持っている棒は、交通整理の時に使うソレではなく、警棒だ。

途端に感じる不穏な空気。
通行止めの立て看板の向こうには、結構な数の警察官らしき人。ヘルメットを被った人もいる。

工事なのに、重機っぽいものはどこにもない。
好奇心に駆られ、僕は看板の脇を通ろうとした。

「工事中なので、あちらを迂回してくださいね」

「歩行者はここ通っちゃダメですか?」

「工事中ですからね。危険ですからね」

警棒片手の警察官は、どうやっても中に入れないように僕をブロックしながら、慣れた口調で言った。

完全に通せんぼだ。僕は首を伸ばして、工事中らしき場所を覗こうとした。

警官達は、まるで爆発物を扱うような慎重さで、何かを包囲していた。
真ん中にいるのは、人か?

一瞬だけ見えた。

小さな女の子だ。

三、四歳くらいに思える。

小さな女の子が警官達に囲まれて、無表情で立っていた。

「はい工事中ですからねー」

警棒片手の警察官が、僕の身体をぐっと押した。
僕は仕方なく迂回をした。

一瞬だけ見えたあれは何だったんだろう。
新聞やインターネットを出来るだけ調べてみたが、近所での事件めいた記事は一切載っていなかった。

あの女の子の事も、もちろん載っていなかった。


野犬フェチ

何と言うべきか
耳で聞いた感じで言うと

「   」

としか

表せないくらいの絶叫が続いて
とても獰猛で
周りのみんなをびっくりさせるくらい
耳が痛くなるくらい

大きな声で絶叫し尽くして

疲れちゃって
服に滲んだ汗が湯気になってて

汗だか涙だかわからない水を湛えた眼が

こっち見てる


形見

あらよっと

俺具体的に

ビルの間に渡した綱から

今落ちようとしてるんだけどさ

失敗しちゃったなって

前歯

そう前歯

今そこに浮いてるやつ

見える?

それさっき抜けた乳歯なんだ

っていうか今気づいたのね

俺の前歯まだ乳歯だったのさ

あげる

それ持ってっていいよ

あげるわ


取引・オンザテーブル

そこの

醤油を

取ってくれたら

とても

良い物を

あげよう

いかがですか?


透明な線香花火

刃を下に向ける

刃の縁に添って、水滴が移動する

水滴が反射する光の

静かな音

切っ先で水滴は

透明な線香花火となり

膨らんで、落ちた


照れちゃいます

どこかの映像で、嫌がらせをする人を見た。

隠しカメラに映ったその人は深夜、飲食店の暖簾をカッターで切り裂いていた。

よほど腹に据えかねることがあったのか、それともその人の頭の中だけの世界が表出したのか、どちらにせよ尋常じゃない。すごく過激な行動だ。

何度も映像が流れる。

不思議とその人の動きは、どこか機械的で、作業をしているみたいだった。
何だか、しかたなくやっているような動き。表情も、どことなくつまらなそうだ。

でも、やってることはものすごい。

間違いなく怒っているはずだから、せめて鬼みたいな表情に「なっていて欲しい」ものだけど。

ひょっとしたら、そういう表情の出し方自体が分からないのかもしれない。顔の筋肉が怒りを察知しても、表情づくりのモデルが無いから、困惑して、それでも怒りはふつふつと。

何だかめんどくさい。何よりもそういう自分自身が。

そう考えると、あの場のあの行為に、あの表情は似つかわしかったのだな。とも思える。

でもまぁ、大体そういうもんなのかもね、とまで思ったところで、ふと気づいて怖くなった。

ひょっとしてあの人、自分の怒りに照れてたんじゃいか?

照れながら、暖簾を切り裂いていたんじゃないか?


蜂蜜

テーブルの上に

黄金色の尾を引いて

しとり、と音を立てて

垂れる

ゆっくりとつぶれて

平らになって

誰かの顔を映す


校庭に塩を敷き詰めて
トンボで丁寧に馴らす

水平の面になった塩の庭

一羽

雀が降り立った

雀が跳ねるたびに残る
モミジのような足跡


根本の火種は、赤く

風は無く

煙がひとすじ、昇る

上空2.5メートル

煙はほどけて

霞になった


宝石

うわごとに、心は込もらない。
平らな言葉だけが、ただ発せられる。

「つまりですね」

「あー、ええと」

「聞いているのですか?」

「こいのぼり」

「・・・え?」

「申し訳ありません。間違えました」

「間違えたって・・・どうかされたのですか?」

「すみません。私にも、なぜこのような言葉が突然出てきたのか、見当もつかないのです」

言葉は突然、そこにドサリと放り投げられた。

根拠のない言葉が、ビチビチとその一帯を跳ね回っている。

宝石が誕生した瞬間である。


とまれ

深夜の住宅街。
散歩をしているうちに、その辺りに昔、友人の家があったことを思い出した。

探索する。
ほんとうに微かな興奮を抱きながら、僕は友人のいた一軒家を探した。

程なくその家は見つかった。昔のままそこにあった。当時から古びた家だったので、全く時間が経っていないように感じる。

周りに音はない。周囲の住宅からはちらほらと灯りが漏れていて、遠くの国道で車の走る音が時折、聞こえてくる。

その家に灯りはついていなかった。
一瞬チャイムを押そうかどうか迷ったのだが、やめておいた。

そこから砂利道を歩いて立ち去る。ここら一帯は公園だ。まるでどこまでも続くかと思えそうな、細長い公園。

そこを歩く。途中、軽自動車がハザードを焚いて駐車しているのが見えた。
灯りの少ないこの辺りで、ハザードの光はとても強く感じる。

ハザードに照らされた交通標識が光を反射して、まるで自ら発光しているように見える。

照らされた交通標識は、

「とまれ」

「とまれ」

と、言っている。僕は言われるまま、そこに止まっていた。

しばらくそうしているうち、ここが公園の終わりだと気がついた。公園の切れ目から向こうは、だだっ広い空き地みたいになっている。

そこは、真っ暗な学校だった。

僕は点滅する「とまれ」の光を浴びながら、校舎をしばらく見ていた。


小皿の町

平らな田舎町。
道路脇にはステ看板や電柱の代わりに、等間隔で竹ざおが立てられている。

竹竿の上では、陶製の白い小皿が回っている。ちょうど皿回しの要領だ。

パッと見、皿は静止しているように見える。けれど近くで見ると回っているのがわかる。
最初はピンかなんかで中心を留めてるんじゃないかと疑った。試しに皿の端を指先で触れてみたら、チチという擦れる音がして、小皿の平衡はぐらぐらと崩れ、道路に落ちて割れた。

何かいけないことをしてしまった気がして、僕は周囲を見渡したが、「あぁ、またやってる」程度の無関心な視線を感じるばかりだった。

何もなくなった竿の先には、またいつか皿が乗せられるらしい。

こんな悪戯で落とされでもしない限り、皿はずっと回っているんだとか。それも不思議だが、目的も不明だ。聞いて回っても、「カラス除けかねぇ」程度の的を得ない回答ばかり。

携帯電話を覗きながら歩いていた女性が、不注意で竹ざおにぶつかっていた。
当然皿は落ちて割れる。女性は申し訳なさそうな顔をして、車道に散らばった小皿の破片を片づけていた。


んぱ

ガリガリに痩せたその少年は全裸で立っていた。
少年は前を向いたまま、じっと動かない。

「んぱ」

時々、彼が音を立てて口を開く。すると上空に丸い輪っかのような雲ができるのだ。

頭上の遙か上。輪っかの雲は一瞬で生まれる。
そして、じきに空へ溶ける。

「んぱ」

さらに、輪っかがひとつ。
雲はずいぶんと上のほうに生成されるので、見る側は眼を細める。

「んぱ」

日が暮れるまでそれが続く。
老人や子供が空を見上げている。犬も見上げている。

暗くなると、その少年はいなくなる。
翌日の昼くらいに、また現れる。


夕日が目にしみる

夕日を二人で眺める。
まったく何も考えていない。

光がすこし強く、眼が痛い。
軽くマッサージをしたら、涙が出てきた。

隣を見れば、優しげな笑顔が返ってくる。
素敵な笑顔だ、でも何にも考えてなさそうだ。

二人の肩に、ピタリと蠅が止まった。

そういえば、まだ眼が痛い。


フォッサマグナ

「ほんと、いい天気だよな」

「あぁ。お前もな」

「え?」


魔法使い

コの字型に置かれた机。みんなスーツ姿。
正面にはホワイトボード。

若草色のジャケットを着た女性が、丁寧な声で喋り始めた。

パクパク喋る口から発生する言葉たちが、どうも意味の体を為していない気がする。
関係のない会話が、延々と繰り返される。日本語なのに何を言っているのかわからない。

この場に参加している皆はどうなのだろう?
頷いている隣の男性に聞いてみた。

「あれ、何語なんですか?」

男性は少し笑みを浮かべて

「私にも、わかりません」

と小さく耳打ちした。

話がばらばらの断片になってやってくる。
言葉の断片は、絶妙な抑揚をつけて、速く遅く、高く低く。
断片の意味は理解できるのだが、断片同士の関連性が分からない。

つまり、
皆様には、
状況で、
具体的には、
今後は、
の限りでは、
ご意見を、
いたしましては、
見直しを、
ありましたら、
実現可能な、
にもよりますが、
内容です。

バラバラの音符。回転するトランプのマーク。時間の前後がゆらぐ。要は魔法だ。僕らは魔法にかけられて、

気がついたら全員、眠っていた。


避雷針

真っ直ぐ上を見る人。
首を傾けて。

鎖骨から顎の先にかけて、美しい垂直が立つ。

そのまま、痙攣が始まる。

そうやって、何年も機能している。


プクリグサ

南関東の小さな町。

この町の真ん中には湖があり、その外周をぐるりと囲む湿地帯には、プクリグサという植物が生えている。もちろん俗称だ。正式な学名は誰も知らない。

プクリグサはこの湿地帯でしか確認されていない。その点においては、天然記念物と認定されてもおかしくない。

しかし、天然記念物と認定されない理由は、その繁殖力だ。
プクリグサはとても強く、害虫の被害も受けない。放っておけば確実に増えていく。

湿地帯の地下数十センチほどに生えるプクリグサは、発芽の段階から、球状の子房をゆっくりと膨らませてゆく。子房はじきに役割を終えるのだが、中空になった球体は加速度的に膨らみ、無数の球体は緩慢と湿地帯の表面を覆ってゆく。

地上からその様は見えない。しかし、知らずにその上を踏むと、「パン」という小気味良い音が鳴る。

子供たちは、当然喜ぶ。

学校の行き帰り、暇な休日。むしゃくしゃした時、なんにもない時、町に住む子供たちは、何も考えずに湿地帯を靴で踏み歩き、パンパンとプクリグサを破裂させて遊ぶ。

破裂するプクリグサと生えてくるプクリグサとのバランスが奇跡的な均衡を保っているため、個体数は常に一定数をキープしている。

プクリグサの強烈な繁殖を抑制しているのは、子供たちの足跡なのだ。

もしも、その足跡が無くなったら?

ある植物学者はその疑問の答えを求めて、件の湿地帯に足を運んだ。
そして、プクリグサの上とおぼしき箇所に足を踏み入れ、破裂音を聞いた瞬間、つい漏らしたという。

「こりゃ、気持ちいい」

結局その植物学者は、プクリグサ繁殖問題について「現状がすべてである」との言葉だけ残し、別の研究に着手した。

晴れた日の朝。
通学する児童が踏みならす、小気味良い破裂音。

その町の一日は、破裂音と共にある。


音楽採取

天然の音楽は、自然から採取するものだ。

そこらの安価で手に入る音楽は、すべて養殖モノだ。
普段摂取する音楽は養殖でも構わないと思うが、ここぞという時は、やはり天然モノが欲しくなる。

山に向かう。

秋は実りの季節。音楽採取には最適だ。海での採取を好む者もいるが、私は専ら、秋の山で行う音楽採取を好んでいる。

山を分け入る。様々な樹木、野草、キノコ。それらに群がる虫たち、鳥、小動物。足下がおぼつかない山中では、長靴は必須だ。時には草刈り鎌で進路を切り開く必要もある。

鹿がこちらを見ている。遠くでおぞましい動物の泣き声が聞こえる。ずいぶんと奥まで来た。そんな辺りで、やっと音楽がちらほら現れる。

音楽は木の皮の裏に潜んでいたり、連なる岩石の間ですばしっこく8の字を描いていたりする。
時には飛ぶ音楽もいる。背後からカーブを描いて飛んでくる音楽が私をかすめて前方に飛び去る時は、いつもヒヤリとする。

山の周囲に居を構える老齢のプロ達は、タケノコ堀りの要領で軽々と音楽を捕まえるが、私にはそんな技量はない。だから、現状でのターゲットは動かぬ音楽たちばかりだ。

ひときわ赤い木イチゴに、音楽がひっついていた。
音楽だけを採ろうとすると、すぐ消えてしまう。私は丁寧に木イチゴの枝を鋏で切断する。

枝は籠の中に落ちた。ひとつ、採取成功である。

邪道だが、トリモチを使うときもある。
昔の子供達がトンボを捕まえる要領で、棒の先にトリモチをつけて、そこいらに立てておく。通り道でいくつかこの仕掛けを作っておけば、帰りには飛行するタイプの音楽を捕まえることが出来る。運次第ではあるが。しかし、トリモチの粘度で本来の旨味が半減してしまうのが残念だ。

山奥に限る話ではあるが、小川に行けば採取は容易だ。網を張っておけば、ドジョウやヤゴなどに混じっていくつか音楽が引っかかっている。成果の少ないときには、小川モノで溜飲を下げることもしばしばだ。

そうやって、日が暮れるまで音楽採取に勤しむ。この日は7つほどの音楽を採取した。体力勝負なので毎週は骨が折れる。せいぜい月2回が限度だ。

しかし、そうやって自力で採取した音楽たちは絶品だ。採取したその日の夜は新鮮な音楽を満足いくまで楽しむことが出来る。

養殖の音楽は防腐剤が入っているので日持ちする。CDから始まるデータ化の波は、半永久的に音楽を腐らせずに保存可能とする時代をもたらした。

しかし、天然モノは数日経つと駄目になる。最初はもったいないと意地で楽しんでいたが、最近ではいさぎよく捨ててしまう。また採りにいけばいいだけのことだ。

新鮮な音楽は、すこし身体を使えば、いつだって手に入れることができるのだから。


ご忠告

電話の主は、名乗らずに一言だけ

「ソレ、美しくない」

それだけ言って、電話は一方的に切れた。


タクシードライバー

やむなくタクシーに乗る。

電車やバスに比べてタクシーは割高だ。
その上深夜料金だ。悔しい。
だから、運転手から怪談話をしてもらうことにした。

タクシー運転手の怪談話。定番だ。
きっと、心地よく眠れる。

運転手は、「これ話すと商売になんないから」と拒んだが、
僕は食い下がり続け、やっと運転手は話し始めた。

・・・

後悔した。

聞かなきゃよかった。もう降りる。
僕は何とかドアを開けようと、レバーをガチャガチャと強引に上下させた。
運転手は僕のそんな姿にあきれたみたいで、ため息をつきながらゆっくりとブレーキをかけた。

「だから、これ話すと商売になんないって言ったんですよ」

知るか。僕は過呼吸になりながら料金を払った。
おつりは受け取らなかった。

「大丈夫ですか?もう深夜だし。この辺タクシーもバスも通らないですよ?」

その声を背中で聞きながら、僕は真っ暗な山の中へ走り出した。

怖すぎる。
すぐにでも忘れたい。
今、熊とか出てきてきたら、その場で喰ってもらいたい。

狐でもいい。

ウズラでもいい。


うどん

では、最期の一言を、お願いします。

「・・・うどん」

うどん・・・が、どうかしましたか?

「・・・うどん」

この世での、最期の一言ですよ?お別れの言葉です。
もう少し、真面目にというか、ご家族に向けての何か、とか・・・

「・・・」

「・・・」

「・・・うどん」

・・・ちょっとアレみたいですね。
ご家族の方、ご主人はもう意識の方が?

「いえ、ずっとこうです」

「・・・うどん。うどん」

そうですか・・・では、ご主人の遺言は、うどん、ですね?
・・・構わないんですか?

「ええ、もう、いつも、口癖のように・・・」

「・・・うどん。うどん。うどん」

いいのかな・・・では、どうにも、アレですが、私も仕事ですので、ひとまずは形式通りに・・・いいんでしょうか?

「ええ、ええ。御苦労をお掛けいたします」

では・・・
ご主人、お別れの時間です。

「うどんうどん」

過去の苦しみを一切忘れて、

「うどん」

これからは、静かに、

「うどんうどん」

天から、私たちを見守っていてください。

「うどん!」

では、さようなら。

「・・・うどん」

合掌。

「うどん」


増えたい

飄々としている杉の木も、年イチでキレる。

花粉を大量に出しながら、
「調子に乗んな」
と、激昂する。

僕たちはマスクを着けながらそれを見上げて、
「調子に乗んな」
と激昂する。

誰が悪いんだかよく知らないけど、
双方に言えることだと思うけど、

そんなにまで、増えたいか。


花を見る

ただ座って待つしかない時。

目の前に、花瓶に生けた花などがあると、嬉しい。
普段、花を見る趣味なんて無いのに、柄にもなく長時間見入ってしまう。

それだけの時間花を見ている訳だから、興味が無くてもやはり、花を好きになる。
何とも味わい深いものだなあと思う。

愛でる。十分すぎる時間を、余すところなく使って。

その花が造花だと知ったのは、それから更に数時間経った後だった。


パーソナリティ

今週は、無音放送でお届けしております。

水曜日のテーマは、

・・・

00:08

00:42

01:13

01:38

01:51

02:09

02:25

02:46

03:17

03:22

03:40

04:07

・・・

・・・で、

・・・何でしたっけ?

あ。

あぁ、そうだ、朝だ。

起きて・・・

・・・寝るんだ。

夜用の・・・

あ、それは昨日か。

忘れてた・・・つい

・・・何を?


横の重力

下への重力に縛られて、みんな地表に張り付いている。

張り付いているだけで十分なはずだけど、
僕らは横の重力に引っ張られて、移動をする。

男女が引きつけられる場合もあるだろうし、
おなかがすいて、食事をする場合もあるだろうし、
何より、働かないといけないし。

横の重力はそこいらにあって、
僕らはそれらに引っ張られて、いろんな所へ移動をする。

横の重力が無くなる時、僕らは立ちっぱなしになって、
何もしたくなくなって、

やがて、上への重力が恋しくなる。

残念ながら、上への重力は無い。
僕らはお呼びでないのだ。

だから、無茶をする。
見上げながら、なんだか危険なことをする。


あんたがたどこさ

あんた、赤い人か
私は、黒い人だ

あんた、黒い人か
私は、黄色い人だ

あんた、黄色い人か
私は、白い人だ

あんた 白い人か
私は、青い人だ


秘すれば花

その老婆は、白い寝間着を羽織っていた。

最早立ち枯れ、木像のようになった肢体を、白く糊の利いた布が一枚、覆っている。

布と肢体が掠れる小さな音。

老婆はただ座って、こちらを見ている。
身体は動かさずに、唇は閉じて。

布をめくり上げては、いけない。

わたしは少しはだけていた老婆の寝間着を整えた。襟の線がまっすぐになり、肩から首筋の後ろで、きっちりと立つように。

首筋と襟の間に空いた隙間。
ドライフラワーの湛える、薄い湿気。

わたしは再び老婆の前に座った。
やはり、老婆はこちらを見ている。

白い布で、薄く隠された老婆の生。
ひとすじ昇る細い煙。

わたしはすこし笑って、ため息をついてひとこと、

「まだまだ、とうてい、かないません」

老婆が、初めて口を開いた。

「そりゃあ、そうでしょう」

わたしの全身に少しだけ、血が流れた。


ユリイカ

先日、仙台市の漁港でユリイカの大量発生があった。

その他のイカと同じく、ユリイカは夜に行動する。
通常は深海に生息しているので、近海での発生自体がたいへん珍しいとのこと。

ましてや大量発生ともなると、過去の資料にも載っていない。おそらく、史上初のことだろう。

私はまだ、ユリイカを見たことがなかった。
生きているユリイカを直で見たい。
私は突然の興奮に背中を押されるようにして、その漁港に向かった。

曇天。

浜辺に大量のユリイカが打ち棄てられている。
初めて見るユリイカ。私は驚いた。

これは、普通のスルメイカじゃないか。

近所の漁師に聞いてみると「ここいらに捨ててあるのはみんなユリイカだよ」とのこと。
どうやら、外見はスルメイカと全く変わらないらしいが、味は雲泥の差らしい。ユリイカは、毒は無いもののほとんど無味で、食べるのには不適らしい。

子供が汚物扱いでユリイカを投げ合っている。

一帯にうっすらと漂う生臭い潮の香り。

少し切なくなった。
ユリイカよ。こんな扱いをされる為に、おまえ達は陸を目指したのか。

その間にも、次から次へとユリイカは波に乗せられて浜辺へと不時着する。
誰か、飼ってやればいいのに。

私は遠慮するが。


半笑い

半笑い
アサガオの観察日記を破り捨てて

半笑い
連続再生されるTVアニメのオープニング

半笑い
向かいの姉ちゃんによる自殺未遂騒動

半笑い
酔っぱらい
半笑い
売っぱらい
半笑い
かっぱらい
半笑い
出っ歯と口紅

半笑い
キリキリする頭の痛み業者直で箱買いしたカール緑のヤツだよチーズ味の俺あれ大好きなんだだからさ試しにさこれさ一気食いするからその表情をやめて貰えないでしょうか、麦わら帽子のオジサン。ねぇ、オジサン。ねぇ。

カエルがいるよ?
半笑い

くまさんもいるよ?
半笑い

タヌキもいるよ?
半笑い

半笑い
半笑い
半笑い


珈琲タイム

ただいま。

ドアを開けた途端、ドア開口部全体から勢いをつけて流れ込んでくる土砂。
「ボハ」という音だけ聞こえたあとは、耳は完全に塞がれた。眼、痛い。

巻き込まれながら、つい口を開けてしまった僕。

これ、コーヒー味だ。

コーヒーの土砂。
大人を本気で怒らせると、こういうタチの悪い返り討ちに遭う。どうタチが悪いのかといえば、全く意味がわからない点につきる。

しかも、ちょっと美味い。
ますます意味が分からない。

僕はその意味不明さ加減に怯え、許すとか許さないとかを通り越したこのコーヒー地獄に心底恐怖し、口中に広がる芳醇な香りにパニックを誘発され、とりあえず思い切り反省した。

だから夕ごはんは、食べられそうにない。


ウスラボンヤリ

見逃してゆきましょう。
見逃さないからややこしいことになるのです。

けしからん、とは、何とけしからんことでしょう。

目の前に起こる全部を、
口あけっぱなしで、
軽くヨダレも滴らせ、
瞳孔全開で見逃してゆきましょう。

生き倒れた旅人を、クッキーなんぞを嗜みながら、見逃してみましょう。
突飛な状況に驚いてはいけません。
こちらが見逃せば、旅人も見逃してくれるはずですから。

ウスラボンヤリと。

肩の力を抜いて。


過去のキャッチボール

いつみても新鮮で、
一秒前のことを思えば、いつ見ても老いた姿。

あ。あ。あ。

私が今発した音声は、過去のモノとなって過去のアナタに吸い込まれてゆく。
それを見る私の姿は、アナタにとってはもう過去だ。

同時がいい。もどかしい。

過去のキャッチボール。
ぜんぶ過去。でも今がいいと、幾分か前のめりで歩く。

町中が前のめりになって、ヒットチャートが映写された電光掲示板を見る。

にぎやかで、きらびやかなPVを見ながら、
みんな、明日の天気のことを考えている。


雪どけを待ちながら

冤罪(えんざい)とは、「無実であるのに犯罪者として扱われること」を指す言葉。いわゆる「ぬれぎぬ」。

 *

知らず知らず 歩いてきた 細く長い この道
振り返れば 遥か遠く 故郷が見える

 *

捜査機関が、行き過ぎた見込み捜査や政治的意図などから、ある人を犯人に仕立て上げてしまうという類型である。

 *

でこぼこ道や 曲がりくねった道
地図さえない それもまた人生

 *

日本には現在でも代用監獄と呼ばれる近代国家としては極めて特異で問題が大きいとされる取調べ体制が公的に存在しており、司法当局の求める自白を容易に引き出される危険が大きいことが強く指摘されており、冤罪の温床となっている。

 *
  
ああ 川の流れのように ゆるやかに
いくつも 時代は過ぎて
ああ 川の流れのように とめどなく
空が黄昏に 染まるだけ

 *

捜査機関以外の私人の行為が原因となって冤罪が発生する場合もある。例えば、真犯人が自分に対する量刑を軽くするために、他人に罪をなすりつけた事例が存在する。

 *

生きることは 旅すること 終わりのない この道
愛する人 そばに連れて 夢 探しながら

 *

冤罪の多くが取り調べの段階で一旦自白してしまったことが裁判で重たく評価されるケースが多い。

 *

雨に降られて ぬかるんだ道でも
いつかは また 晴れる日が来るから

 *

遺留品や物的証拠からそれにつながる犯人を導き出すのではなく、予め容疑者は設定されており証拠は後から捏造してでも合致させる・容疑者に有利な証拠は無視するといった違法な手法が採られる事が多々ある。

 *

ああ 川の流れのように おだやかに
この身を まかせていたい
ああ 川の流れのように 移りゆく
季節 雪どけを待ちながら

 *

最終審まで争って死刑や無期懲役や長期間の有期刑の判決が確定した場合、冤罪の可能性が高いと指摘され、冤罪主張がなされていても、裁判所が再審請求を受け入れる実績が少ないので、再審請求を行っている間に長期間経過し、死刑執行が行われなず、または、仮釈放が許可されずに、獄死や満期釈放になる例が多い。

 *

ああ 川の流れのように おだやかに
この身を まかせていたい
ああ 川の流れのように いつまでも
青いせせらぎを 聞きながら

 *

出典: フリー百科事典 ウィキペディア【冤罪】
『川の流れのように』 作詞・秋本康 作曲・見岳章 歌・美空ひばり


とりあえず祈る

大型電化製品量販店に勤める彼は、室内灯のフロアを担当している。

彼が帰社する時は、習慣的にひとつひとつ電灯を消してゆく。

ありきたりな蛍光灯、
異常な明るさのランプ型、
和紙で覆われた行灯風、
等々、

それらを消してゆく作業は、なんとも風情のあるものだそうだ。
一斉に電源を落とすのとは違って、様々な考えごとができるらしい。

ちなみに最後の一灯を消す時は、理由もなく目を閉じてしまうとのこと。
祈るような気分になるそうだ。


この素晴らしき世界

嫌なことがあったんだろ?知ってるよ。

解決策?ないよ。無理だもん。そんなの。
もうどうしようもないよ。

泣いて済めばいいけどさ、
もう、さんざん泣き腫らした後だろう?

こちらから言える事も、もうなくなっちゃったよ。

だからさ、

サッチモ聴いて、寝よう。


睡眠観察

深夜、ただ息をこらして時間の過ぎるのを待っている。

できるだけ音を立てないように。
自分の気配は極力消すように。

冷蔵庫の音。

窓の外、遠くで小さく子供の声。


リニアの人

地震だからって、慌てなくてもいいよ。

だってほら、僕ら、少しだけ。
宙に浮いているじゃないか?


速度

小さな羽虫を眼で追う。
軌跡を先読みし、眼球だけ動かして。

羽虫のスピードは速く、時折、見失う。
トップスピードの羽虫は、眼で追うことができない。
気まぐれに速度を落とした時だけ、眼球の動きが追いつく。

ヘッドホンで阿部薫を聴く。
雑音で振動しないように鼓膜を静めて、サキソフォンに耳が追いつけるように。

音のスピードは速く、時折、見失う。
その時には、音を聴くことはできない。
気まぐれに速度を落とした時だけ、音色を聞きとることができる。

速度自体を生み出しているのが演者なのか、それとも、演者は速度に追いつこうとしているのか。

背中に最高速の気配を感じて振り返る。
騒々しい街中の筈なのに、一瞬だけ、視界から人が消えた。


マイナスイオン

度重なる交通事故への最終的な対応策として、
公安は都内にある全ての信号機にマイナスイオン発生ボタンを設置した。

効果は定かではない。

信号待ちの間、とりあえず押してみる。
近くで何か持続音がするようにも思えるが、周囲の雑音が大きすぎるため、実際には分からない。

ともあれ、微少な効果は出たらしく、マイナスイオン発生ボタンはそのまま継続されるそうだ。

深夜、誰もいない交差点で。

酔っぱらっていた僕は、何とはなしにマイナスイオン発生ボタンを押した。

変化無し。

耳を澄ませてみる。周囲の小さな音。遠くの大きな音。連続音。持続音。機械の音。人の声。

落ち着いた気持ちになった。僕の体内でマイナスイオンが発生したのだろうか。
馬鹿馬鹿しいなと思いながらも、この妄想懸かった効能がすこし気に入った。僕は目を閉じ、周囲の音たちに混ざるようにして横断歩道を渡った。

鳴り響くクラクション。

最低限、信号は守るべきだと思い知った。


今日もいい天気

猫を追いかけている。

奴は御馳走を咥えて疾走している。生魚だ。
私はそれを奪おうと、全力で走る。

私は裸足だ。灼熱のアスファルト、無造作に散らばった砂利が足の裏を容赦なく痛めつける。そのまま私は、遠くに霞む野良猫を追う。

クレイジー。

返す言葉もない。
折角だから、陽気にいこうじゃないか。

道行く人の嘲笑が聞こえる。
太陽まで一緒になって。
笑いたければ笑え。
ほら、こんなに良い天気じゃないか。

 * *

無職の私には、時間がたっぷりある。
今日は暇そうな少年少女を集めて草野球だ。

広場に集まった前途有望なルーキー達。
整列した少年少女を前に、私は華麗なバッティングフォームを見せる。
何度も見せる。ピッチングフォームも見せる。

雲を切り裂く放物線。それは私にだけ見える。
ルーキー達よ、この境地を目指せ。
よく見るがいい。これが私だ。

クレイジー。

返す言葉もない。
折角だから、陽気にいこうじゃないか。

少年少女の失笑が聞こえる。
青空まで一緒になって。
笑いたければ笑え。
ほら、こんなに良い天気じゃないか。

 * *

財布を忘れた。
買い物をするために、わざわざ商店街まで来たのに。

あまりにも滑稽だ。

私はこの滑稽さを、すれ違う人全員に説明した。
なぁ、まいっちまうだろ?
なぁ、一緒に笑ってくれるだろ?

電柱につながれた片眼の雑種が、ハァハァと荒い息を立てている。
そうだよな。愉快だよな。
だんだん私も楽しくなってきたよ。ハハハ。

クレイジー。

返す言葉もない。
折角だから、陽気にいこうじゃないか。

すれ違う人の押し殺した笑いが聞こえる。
あの犬まで一緒になって。
笑いたければ笑え。
ほら、こんなに良い天気じゃないか。

 * *

どうしようもないから、陽気にいきましょうよ。皆さん。
明るい笑顔に、幸せはついてくるものですよ。

ねぇ。笑いましょう。
返事してくださいよ。夕焼けも笑ってますよ。

ハハハ。

ほら、こんなに良い天気じゃないか。

※出典:『サザエさん』
作詞:林春生 作曲:筒美京平 歌:宇野ゆう子


待合室

色々、ぜんぶ終わったのに、
ずっと待合室にいる。

ドアの上にある緑色のランプを見ている。

めくられることがないカレンダーを見ている。

ランプの蛍光灯が切れるのは、
おそらく、ずっと先になるだろう。


元気が一番

色々が、あまりにいつもと同じで、どうにもムシャクシャする。
こんな日は飛び降りるに限る。
僕は助走をつけて、ビルの屋上から飛び降りた。

次の日は少しだけスッキリした気分だった。
爽やかな朝日に照らされながら外に出ると、カラスがゴミ袋をつついて破っていた。
中から出てきた卵のカラとか生ゴミとかを見ているうちに、どうにも気分が悪くなって、僕は隣のデパートの屋上から飛び降りた。

次の日は雨だった。
雨は嫌いではない。傘をさして、長靴を履いて出かける。長靴なら水たまりも怖くない。
歩道を歩いていたら、速度を上げたトラックが大量の水を僕にひっかけた。僕はどうにも悲しい気分になって、近くにある学習塾の屋上から飛び降りた。

次の日は、外出しなかった。
もう、外で嫌な気分になるのはこりごりだったから。
家でテレビを見て、何度も読んだ本をまたひろげて、そうしているうちにひどく退屈な気分になった。
僕はどうにも暇なので、窓を開けてベランダから飛び降りた。

次の日も、また僕は何かが嫌になって、どこかから飛び降りるのだろうか?

「元気が一番」って、誰の台詞だっけ?
確かにそうだよな。それが一番だと思うよ。


静かな教室

そろそろ授業も半ばを過ぎる。

が、人の声がしない。
教師が不在なのだ。

外では雨の音。
ザワザワと廊下を通る他のクラスの生徒たち。

チャイムを聞くと、皆教科書とノートを持って部屋を出る。
次の授業は理科室で行うことになっている。

そして、やはり教師は来なかった。

節電のため、蛍光灯はつけていない。
ひんやりした机の上に教科書とノートを広げ、
生徒達は私語もせず、座っていた。

午後の授業は国語だ。

一番前の席から順番に、教科書を数行読み上げる。
それが、チャイムまで続いた。

雨は止んで、所々に晴れ間が見えている。
じき秋だ。放課後になったら運動会の練習をしなくてはならない。

紅白帽を被った生徒達は、小走りで校庭に向かっていった。


ディズニーランド

で、

俺の家族よ、

どこへ行った?

いつも俺が見上げれば
俺の家族達、そう、あんたらだ。
あんたらの顔があった。
俺をあやすハイトーンの声、
緩いんだよな。緊張感がゼロだ。
ただ、あのトーンは絶妙に気持ちよかった。

だから、

俺の家族よ、

どこへ行った?

極彩色の人工楽園は、俺が望んだソレじゃない。
家族よ、贔屓するようで悪いんだが、
家族の中でひときわ柔らかい、あの乳房があれば。
最低限はこと足りるんだ。
あの乳房は俺のものだったよな。

しかし、無いんだ。ここには。
恐れいったよ。

頼むよ、

俺の家族よ、

どこへ行った?

ここにはハリボテがいっぱいだ。
ポリエステルとフェイクファーで造形された不気味な連中が、時々こっちを見るんだよ。

無表情。
あれ、顔だと言いたいんだよな?多分。
動物だってさ。まさかな。
身の毛もよだつ恐ろしさだ。

さて、泣くぞ。いいか?

※bgm
(ハイ・ホー 口笛ふいて働こう)
(ホーンテッドマンション)
(星に願いを)
(カリブの海賊)
(イッツ・ア・スモール・ワールド)

一通り泣いたんだが、誰も来やしないな。
もう泣くのも飽きてきたんだ。そろそろ教えてくれよ。

なぁ、

俺の家族よ、

どこへ行った?


アリよさらば

潰れたアリの死体を、
もう一匹のアリが顎でくわえて運んでゆく。

運ぶアリにとっては、コレは只の黒い塊だ。

日射し。アリの小さい殻は灼熱を溜めて、軽々と仲間の死体を運ぶ。
どのみち巣穴しか行くところがない。

無風。小さな、カリカリとした音。フライパンのような背中。
ポリリズム、アフロブラック。
仲間の死。

誰かこのアリに、一滴の水を。
お情け程度の情緒を。

こんにちは?
さようなら?

知らねえ。


空気将棋

着物を着た二人は互いに向き合って、座布団の前に正座する。

タイムキーパーが告げた。

「時間です」

一礼して、空気将棋が始まる。

周りは固唾を呑んで見守るが、対局中の二人は特に何かをしているようには見えない。

たまに頭を掻いたり、腕組みして笑みを浮かべたり。

「うーん」
「まいったな・・・」
「・・・さて」

聞こえてくる小声の独り言も、まるで将棋を指しているみたいだった。
しかし、互いの間には将棋盤は無い。

両者、下を見て熟考する時間が続く。

やがて、一人が顔をあげた。

「むっ」

下を向いたままのもう一人は、そのまま顎の下に手を当てて、1分ほど考えたあと、

「まいりました」

と一礼した。

対局が終わった。今回は名人の辛勝だったそうだ。

空気将棋は、対局している当人同士しか流れがわからないそうだ。見ている周りの人間は、何が起きているのかを知ることは出来ない。
当然、素人が対局に臨んでも、一体何をどうしたらいいのかもわからないらしい。

勝負を行うに至るまで、少なくとも十年を要する。勝ち負けがどういうことかを知るまでにそこから十年。途方もない道のりだ。

ましてや名人と呼ばれる程になると、まともな生活が送れなくなるまで自分を研ぎ澄まし、常時仙境に至れる程でなければ成り立たないとのこと。

ちなみに名人の趣味は、モーニング娘のコンサート通いらしい。
仙境の向こうに俗世がある、ということなのだろうか。
空気将棋の世界は奥深い。


チューニング

チューニングを回す行為は、旅だ。

明瞭がざらつき、声が遠くなり、雑音だけの混沌を通り抜け、再び遠くに明瞭な何かを見つける。

日曜の深夜は蜃気楼の時間だ。

各局の放送は早々に終わり、思いがけない明瞭な音が、たまに海を越えて突如現れたりする。蜃気楼だけに、一瞬チューニングをずらすと、それは即座に消えてしまう。

お外は暗く、耳だけの世界。

ノイズの砂漠を行きつ戻りつしながら、
夜はますます夜になる。


プロローグ

病院の待合室に、変な男の子がいた。

眼をじっと閉じて、首をぐるりと回して、パッと眼を開ける。
そんな動作を、さっきからずっと繰り返している。

「これは、映画なんだ」

男の子は突然僕に答えを教えてくれた。

「眼を閉じるだろ?そこでさっきまで見ていた景色は終わる。真っ暗になるんだ。そのあと、どっか別の方向を向いて、パッて眼をあけるだろ?全く別の景色なんだ。驚くよ。たまに物凄い景色が突然出てくるんだ」

「おもしろそうだね」

「コツは、ずっと観ていたい景色だったとしても、その場ですぐ眼を閉じることなんだ」

「もったいないじゃないか」

「バカだな。すぐ目を閉じて真っ暗になれば、あとは自然に思いだそうとするだろ?そっちのほうが記憶に残るんだよ」

大人びた子供だなと思ったその時、男の子の母親が彼を迎えに来た。
そのやり取りを聞いているうちに、少しづつ様子が見えてきた。

彼はこれから眼の手術をするらしい。母親の雰囲気からして、状況はかなり重そうだ。この手術が失明との境とのこと。

母親に腕を引っ張られながら、男の子は僕を見て言った。

「あなたの名前は知らないけど、その顔は、ずっと覚えておくよ」

「君、いい映画監督になれるよ」

男の子と母親が去ったあと、男の子の「映画」を真似て遊んでみた。

瞬きをする毎に現れる待合室の風景。しかし、何度瞬きしても、あの男の子は出てこない。当たり前のことだ。

なるほど、シブい映画じゃないか、と思った。


左利き

少女は、左利きに憧れるあまり、自分の右手を封印してしまった。

鉛筆を持つ時も、箸を持つ時も、全て左手で。
少女は頑張った。

少女は高校生になった。自ら矯正した左利きもすっかり板についていた。

ある朝、少女は鏡を見た。
鏡に映った自分を見た。

その瞬間、少女は嘔吐した。

嘔吐しながら、背中で母親の声を聞いた。
振り返りたくなかった。


「まるで、奇蹟だね」

「知らないよ、そんなこと」

空にはツバメ。

足下には鳩。

建物と建物の間、虹が見えた。


水泳大会

水面から顔を上げた時の、

歓声
蝉の音
自動車
水飛沫
割れたスピーカー
踏切
ホイッスル

が、一瞬空に逃げようとするのを、
水中に引きずり込むように、

頭をねじって、水中に潜る。

泡の音
心音
くぐもった自分の耳の音。

これらを、水面より上に放り投げようと、
再び頭をねじって。

左、右、左、右、
自省、発散、自省、発散、

クロールでは、正面を見ることが難しい。
そういえば魚の眼も、正面が見づらそうだ。

関係ないだろうけど。


So What

蚊が一匹旋回している。

時折途切れながら続く小さな持続音。
耳を傾けると、何かを呟いているようにも聞こえる。

(So What)

蚊のくせに嫌味な奴。

(So What)

それだけしか言えないのか。

電気を消す。寝るのだ。

暗闇。左足が痒い。どうやら、やられた。
足下から聞こえてくる。

(So What)

いきり立った私は、やおら電気をつけ、
まだ左足の上に鎮座ましましている大先生を、平手で叩きつぶす。

血を流しながら、ぺちゃんこになった蚊は言った。

(So What)

蚊のくせに。


チャイム

エビを剥く工場。
ベルトコンベアの前に並んだ女性たちが、
同じ動作で作業を続けている。

無表情。

時間経過を伝えるチャイムが鳴る。

ピン、ポン、という音に合わせて、彼女のつま先が上下した。


夜を待つ

低い音を立ててエアコンの室外機が唸っている。
そのまわりに生えている雑草たちが、通常の数倍のスピードで成長する。
まるで室外機の体毛みたいな雑草。

夏休み終盤を迎えた子供が、その近くで遊んでいる。
ありえない大きさの雑草を手折り、どこかにぶつけ、捨ててしまう。
きっとひどく退屈なのだろう。

午後。そこに日差しは入らない。
室外機の暖かい唸り声。

その子供と私は、おそらく同じことを考えている。

早く、夜が来ないだろうか。


体育館


狭い場所で働いていると、妙に体育館のことを思い出す。

小中高、いつでもいいのだけど、あの大きな空間。高い屋根とか、色とりどりのテープで引かれた床のラインとか、天井の妙に強い光を放つ電灯とか、何て呼ぶのか分からないが、「2階」みたいな窓際を一周する高台とか。

そこで運動するのも面倒くさく、ボーッと立ってるだけで、ただ空間を持て余していた、どうでもいい記憶。

そうやってボーッとしながら、先に広がる未知の諸々に拙い想像を巡らせていたような気もする。前途は体育館を超えて、想像出来ないくらいの大きさで広がっていく。妄想。

そのまま数十年が、ボーッと過ぎた。

今になって思えば、その後僕が蓄積した諸々よりも、あの体育館の方が圧倒的に大きかったなあと思う。

年々足取りが重くなる。
記憶の体育館は、どんどん広くなる。


南部牛追唄

突然流れてきた南部牛追唄。
目の前でそれを聞いていた友人は、いきなり突っ伏して泣きだした。

「お前、東北だっけ?」

「違う」

友人はまだ顔を上げずに泣いている。

「なんでまた、そんな過剰反応を」

「わからん」

何ともつかみ所がないが、そういうものかもしれない。僕ら上京者は全員フェイクだ。

ここにいる足場がない。というかむしろ自分から足場を消してゆく。都合の良い時だけ出身地を蒸し返すが、たかだか飲み会の席ぐらいだ。
僕らは同じ上京者の出身地を個性と繋げるような真似は、自然と控えていた。

僕らのルーツは軽い。

しかし、目の前の友人は、自分とは関係のないルーツに感涙している。ここがどこでも、どこから来たのかも、どうだっていいのだろう。

故郷という概念だけで、コイツは泣いてる。
ひょっとしたら、コイツは僕より先に老いたのかもしれない。

少し羨ましく思って友人を見ていたら、何故か僕の目にも涙があった。どうも適当だ。

地球は回っている。僕らは歩く。凄まじくどうでも良いことに思えるが、多分素晴らしいことなんだろう。


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