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2008年8月

ワルツ・フォー・デビイ

雲、

青空、

ハイヒール。

 * *

思い出す。

駅のロータリー、

レモンスカッシュ、

思い出す。

無精髭を褒めた時の表情、

思い出す。

慣れない頃の、二人での昼食、

思い出す。

ビルに強い影が落ちて、

思い出す。

夕方が近づいて、

思い出す。

まだ日差しが強く、空は青くて、

思い出す。

嫌になるくらい、美しい綿雲で、

 * *

笑顔、仏頂面、泣き顔。

私は、ほんとうに幸せだった。

ほんとうに幸せだったんだ。


ハード・バップ

それはそうとして、「梅しば」を口に入れて横たわってみる。

迂闊に噛みながら横たわると、梅しばのエキス(果汁?)が喉に直撃する。

これが、痛い。酸味や塩辛さの世界を数段抜かしで飛び越えて、喉笛くらいまでクる。

咳込みながら思う。
静寂に突如高鳴るトランペットは、正にこんな感じだなあと。

駄目な事を言っているのは分かっているつもりだ。


ごちそうさま

味がする。

吉野家の牛丼の味だ。

なぜなら、吉野家で牛丼を食べているからだ。

吉野家の牛丼。

変わらない味、長年愛されてきた、これだね、という味。

嘘だ。

調理され、目の前にある牛丼は、確かに変わらない味だろう。
しかし、一旦口の中に入れば、あとは百人いれば百通り。それぞれ個人の世界でしかその味を語れまい。

とにかく、食べ終わった。今日も旨かった。

牛丼の料金には、材料費、輸送費、調理の手間、あとは込められた真心やお客様への思いやりなどが含まれる。それらコミコミでおよそ300と数十円。安いものだ。

早々にそれらへの対価を支払う。
これで借りは無い。スッキリだ。

と思いきや、「私個人の牛丼の味」だけは、私の中に残留している。

それに対価は支払えない。美味かろうが不味かろうが、私が享受した「味」は、料金に換算できないのだ。しかも、既にそれは私自身のものになっている。

気まずい、申し訳ない。

追加で皿洗いを申し出ても、邪魔な上に怖いだけだ。やめておこう。

だから言う。誰に向けてということもなく。

「ごちそうさまでした」


誕生日

誕生日のたびに哀しくなるのは、
自分が老けるからじゃありません。

記憶している素敵な過去が、
またひとつ遠くなるからです。

 * *

数え切れないほどのローソクが突き立てられたケーキを目の前にして、老人は口をパクパクさせながら、薄目で、どこかを見ていた。

僕はその老人のことを何も知らないし、正直言うとお爺さんなのかお婆さんなのかもわからない。

無責任に願う。あの目線の先は、白黒のくすんだ映像ではなく、フルカラーの過去であってくれ、と。


逢瀬

ヤサシイ人が、カワイソウな人に会う。
カワイソウな人は、ヤサシイ人を好く。
ヤサシイからだ。

ヤサシイ人は、カワイソウな人の家に通う。
二人でいると、とても楽しい。

でも、そのうち、ヤサシイ人は、
カワイソウな人の背中を見てしまう。

それは、ヤサシイ人もカワイソウにしてしまうくらい、
強烈なカワイソウだった。

ヤサシイ人は、ヤサシイが故に辛くなって、
カワイソウな人の家に行かなくなる。
とにかくそこを離れたかったのだ。

ヤサシイ人は、全力でカワイソウな人を忘れようとする。

そして、カワイソウな人はといえば、
次のヤサシイ人を探してる。

ヤサシイ人も、あきらめて、
次のカワイソウな人を探す。

ヤサシイ人と、カワイソウな人とは、
逢瀬しかできない。

でも、ヤサシイ人でも、カワイソウでもない人は、
逢瀬すらできない。


死霊のソバ屋

近所にある庶民的なソバ屋。
そこの、みんな知ってる怖い伝説。

歴代の主人達の死に様が凄い。

釣った魚を逃がすまいと濁流に突入してそれっきりだったり、ズバリ殺人の被害者だったり、前触れなくいきなりバタンと倒れてそのままだったり、10年の間に店長が不慮の諸々で亡くなり、コロコロと高サイクルで入れ替わっている。

今5代目の主人なのだが、少し心配だ。

それはそうと、この店、不思議と近所では人気店なのだ。

味は完璧な普通さで、店も常にアットホーム。主人が殺された翌々日にはもう店を開けて、気丈にやっていた。
客も全く気兼ねせず、常連風を吹かせる「通」もいない。地域外の一見さんも普通に食べて帰ってゆく。

近所の住民は、店の外では様々な噂を立てる。強烈な悪意を伴う噂もある。が、やっぱりソバを食べる時は、何となくその店に行くのだ。他にもソバ屋はあるのに。入りやすい店という以外は特に特徴もないのに。

恐る恐る主人に聞いてみると、

「俺、有り難いことに健康体。死ぬとすりゃ過労かもしらんけど、そんな働いてる訳でもねえですし」

と、いかにもな返事。

「前の店長もおんなじようなことおっしゃってましたよ」

と突っかかると、

「それでバタンと行くなら、ソバ茹でてる鍋だけには飛び込まないようにしなきゃぁいけんですねえ。茹で直しになったらお客さん待たせちまうからねえ」

と、苦笑いを浮かべて言った。

どうにも事件性のない空気。その日食べたソバもやはり完璧な普通さだった。旨かった。

地域に知らぬ者はない「死霊のいるソバ屋」は、何故か地域で一番居心地のいいソバ屋だった。


生け花

外は雨。台所は薄暗い。

三角コーナーに花が棄てられていた。

無造作に棄てられた花はコーナーから派手にはみ出している。

紫の花、黄色の花、白い花、
まるで生け花だ。

薄い生ゴミのにおい。

生け花達が、少しだけ人に見えた。


アクセサリー

とても著名な人だった。
亡くすのはあまりにも惜しすぎた。

皆は映像で偲んだ。
何度も偲んだ。

数年おきに映像は流れ、
皆そのたびに偲んだ。

やがて映像は流れなくなった。
映像はとてもレアなものになった。

皆は写真で偲んだ。
たまに、思い出した時に偲んだ。

やがて写真は流通しなくなった。
写真はとてもレアなものになった。

覚えている人も少なくなった。
本が編まれた。
色んな人たちが、文章でその人を知った。
そのうち教科書にも載るだろう。

亡くなってから、その人は何度も何度も小さく折りたたまれていって、
最後には名前になった。

「虎は死んで皮を残し、人は死んで名を残す」だったか。

残った名前が小さいアクセサリーに見える。


また来年

爆音で雷鳴が響いてる。
和太鼓に似てる。昔の人の言うことはいちいち正しい。

夜の空の向こう、光の糸みたいなのが一瞬見えて、
たまにチカッチカッと黒い空が明るくなる。

切れかけの蛍光灯だ。まるで。

最初はびっくりしていたけど、じき慣れてきた。
一発、一発、爆音が続く。

さようなら(ドゴン)
また会う日まで(ドゴンドゴン)
ごきげんよう(ドロドロドロ)
風邪などひかぬよう(ビシャー)

やかましい別れだ。しかもまだ続いてる。
そんなに騒がなくても、秋が来ることぐらい、僕だって知ってるのに。


新宿駅

新宿駅に着くと、歩いている人みんなに羽が生えていた。
僕は居心地が悪いなと思いながら目的地に向かう。

混雑している歩道。みんな他人の羽を邪魔そうにしている。

わかった。もうわかったから。

だから、喫煙所はどこにあるんだ。


待ち人

大きなガラス窓から外を見る。曇天。
無人の市民センター。8割方待ち人は来ないだろう。

雲が厚くなってきた。
ビルの最上階あたりを雲が高速で撫でてゆく。

エレベーターの現在階ランプを目で追う。
なかなかここの階で止まってくれない。

待ち人はもう来ないだろう。

再びガラス窓の外を見る。少し明るくなってきた。
ビルの屋上で、同じ職場のカップルと思われる二人が痴話喧嘩をしている。
よく見たら、男性同士だった。
じっくり見る。男と男、女と男、男と女、女と女。二人の動きは目まぐるしく性別を変化させているように見える。

待ち人やはり現れず。
なかなか、あきらめてこの場を離れるタイミングが掴めない。

向かいの部屋では、「自分史講座」というカルチャースクールをやっていた。
参加しているのは全員おばあさんだ。男性は一人も来ていない。

待ち人は、やはり来なかった。


緑色の実

高い木の上に、緑色の実がひとつだけなっている。

建物の裏手にある木で、実のある場所には手が届かない。
出来れば実を手に取りたいが、ちょっと難しい。
どうしても取るのなら、その木を切らなければならない。

私は緑色の実をただ見上げる。
緑色の実は夏の盛りを迎える頃から少しづつ大きくなって、
すこし涼しい時期にさしかかると、枝をしならせるまでになった。

私はやはりそれを見上げるだけだ。毎日。
いずれ実はしぼんで、風雪に晒されながらあの木の上から消えてしまうのだろう。

見上げるだけ。
近づけない。
緑色の実は、月とおなじくらい、ここから遠い距離にある。


東京

この村には何もない。

テレビも、ラジオも無い。
自動車も数えるほどしか走っていない。

ピアノやバーのような洒落たものも無く、
辺りを見回せば、木訥とした巡査が自転車を駆るばかり。

私は起床したら、牛舎から牛を連れ出し、
二時間程、何もない村を散歩する。

電話もガスも無い村。平坦な田舎景色。
うんざりしながら農道を眺める。
目の前にある錆び付いたバス停には、一日一回だけバスが停車するのだ。

私はそれを眺める。小さくなってゆくバスを見送るだけの毎日。

私は、この村が嫌いだ。
もう嫌だ。こんな村。

延々続く牛の種付けと売買の日々。
もう嫌だ。私は東京に行くのだ。

こんな田舎と比べれば数倍マシだ。
東京で牛を買おう。何かが変わるかもしれない。
東京産の牛なんてそもそも居るのかわからない。が、どのみち物価は高い。

金が要る。私は今日も、その日を夢見て稼ぐのだ。

 * *

ギターやステレオ。年頃の若者趣味自体を私は知らない。
そもそも、見たことがないのだ。

村の人々は排他的で、用事が無ければ話さない。
喫茶店みたいな社交場はそもそも必要がない。

皆、それぞれ自宅の縁側でじっとしている。働いていないのだ。
年老いた夫婦が一心に数珠をジャラジャラさせながら、虚空を拝んでいる。
バラックみたいな家並、ひび割れた瓦屋根、その下には決まって拝み屋たち。
若者は私しかいないのだ。

信じられないが、この村には薬屋が無い。
暮れが近づくにつれて、年寄りが酷い咳をしながら亡くなる姿を何度も見た。薬屋があれば少しは長生き出来たのかもしれない。ただ、皆、それを欲しない。

呆けているのだ。過疎化、高齢化、少子化。どれもが深刻だ。映画館など当然ないこの村では、そんな呆けた年寄りを慰めようと紙芝居屋のラッパが寂しく響く。

私は、この村が嫌いだ。
もう嫌だ。こんな村。

延々続く牛の種付けと売買の日々。
もう嫌だ。私は東京に行くのだ。

こんな田舎と比べれば数倍マシだ。
牛を売って馬を買おう。馬車で生計を立てるのだ。しかし、どのみち物価は高い。

金が要る。私は今日も、その日を夢見て稼ぐのだ。

 * *

自棄を起こして享楽に身を投じようとする。
ディスコ、のぞき部屋、レーザーディスク、カラオケ。
無意味だ。戦後間もない時期の子供達がデコレーションケーキを夢想するようなものだ。それらが一体どんなものなのか、私には想像でしかわからない。

この村は閉鎖している。かといって、その閉鎖は自活の意志に基づくものではない。
全てがダメになってゆくのをただ見守るだけだ。
だから新聞や雑誌を必要としない。「世間」を欲していないのだ。

たまに回ってくる回覧板、しかし、そこに書かれてある内容は数年前のままだ。
身についた習慣だけで、回覧板は目的を失い、ただ、各家を巡る。

そもそも最初に言った通り、自動車の行き来も極々僅かだ。先々信号機が設置されるまで、この村がまだあるのかどうか疑問だ。

試しに引いた電線は結局撤去された。
夜は、皆寝静まるから必要とする者がいなかったのだ。

暗闇。蝋燭の灯り。山の奥で響く獣の声。

私は、この村が嫌いだ。
もう嫌だ。こんな村。

延々続く牛の種付けと売買の日々。
もう嫌だ。私は東京に行くのだ。

こんな田舎と比べれば数倍マシだ。
銀座の一等地でも買い付けてやろうか。しかし、どのみち物価は高い。

金が要る。私は今日も、その日を夢見て稼ぐのだ。

もう嫌だ。

私は東京に行きたい。東京に行くのだ。

私は今日も、その日を夢見て稼ぐのだ。

※出典:吉幾三『おら東京さいぐだ』


大きい花

ほら、あそこ。

犬が死んでる。

通学中に彼が指差す先、歩道の脇の花壇で犬が死んでいた。

彼は指差しながら、僕に小声で打ち明けた。

昨日の帰りにあの犬を見つけた彼は、持っていた花の種をあの犬の上に蒔いたらしい。

僕は聞いたことを後悔した。毎日、犬の死体が気になるようになってしまったからだ。

僕は毎日、何となく犬の死体を一瞥して登下校した。

数日後、犬から芽が出てきた。犬の身体はだんだん痩せてきている。

ある時、彼は言った。

きっと、大きい花が咲く。

それはそうだろう。
きっと、大きい花が咲くだろう。


広場の赤ん坊

広場では、赤ん坊が延々と泣いている。

広場の赤ん坊は、特別な赤ん坊だ。

この赤ん坊が泣き続けている限り、世界中の争いは無くならないのだ。
近寄っただけで大泣きする赤ん坊。泣けば泣くほど争いは激化する。

腕に自信のあるベビーシッター達が続々とこの赤ん坊の前に来た。しかし、泣き続ける赤ん坊を見ているうち、次第にイライラしてくる。何人ものプロが、首を振りながら赤ん坊の前から去っていった。

赤ん坊は泣きつづけた。

泣き続けている限り、世界のどこかで必ず血が流れている。

誰かが言った。

「こんな忌まわしい赤ん坊は殺してしまえ。そうすれば泣きやむじゃないか」

別の誰かが言った。

「この赤ん坊を殺したら、泣きやむ機会は永久に失われる」

赤ん坊は、まだ泣き続けていた。

赤ん坊は、泣きながら考えている。
何百年も同じ事を考えている。

誰かが、ただ抱いてくれればいいのに。
泣きやむ準備は、もう出来ているのに。

赤ん坊は、今日も泣き続けている。


巫女

アパートの一室。2DK。
ここは、私の部屋ではない。

家賃を払っているのは、私だ。しかし、誰も住んではいない。

家具も揃っている。食器も、贅沢なものはないが、一通り揃えてはある。靴も男女の大人用と、子供用のものが一足。タンスには着替え、本棚にもひと揃えの雑誌など。布団も週1回ではあるが、ちゃんと干している。

全て、まだ誰にも使われていない。新品だ。

晴れた日の午後、私はその部屋に行く。
鍵を開けて、一言挨拶をする。

「こんにちは」

誰も住んでいないのだから、もちろん返事は無い。そのまま私は中に進む。

「おじゃまします」

そして私は、掃除機を出して部屋の掃除を始める。
そもそも使っていない物ばかりなので、薄く埃が乗っているだけだ。それを丁寧に取り払う。

「失礼します」

そう言いながら押入を開け、布団を引っ張り出す。
ベランダに干すために、リビングの窓を開ける。

風が入ってきて、レースのカーテンが揺れた。
レースのカーテンは、押し込まれるように部屋の空気をひと撫でして、また、引っ張り込まれるようにもとの位置に戻った。

私は、少しだけ笑った。


留守番電話

僕のいる職場では、毎日夕方5時になると留守番電話のスイッチを入れる。

メッセージは先輩が嫌々吹き込んだものだ。先輩はいつも冗談ばっかり言っているような人だったが、吹き込んだ声はいかにも嫌々とやった感じで、やけに無機質に響く。

その無機質さが逆に良かったのか、ここ何年もの間、メッセージはそのままになっている。

ある日、先輩が死んだ。

死因は不明で、自宅で倒れていたのを近所の人が発見したらしい。その時はすでに息がなかったそうだ。

バタバタとした通夜が終わり、葬式が終わり、僕らはみんな、ぽかんとしたまま数日が過ぎた。

その間も、夕方5時になると、変わらず留守番電話のスイッチを入れていた。

ご用件のある方は・・・と、もういない先輩の声がする。
みんな、わかっていながら、やはりその声を消すことが出来なかった。

僕らはすぐに、いつもの日々に戻った。そうせざるを得ないくらい、毎日の業務は忙しかった。
その間も、夕方5時には、やはり先輩の声で留守番電話の声が流れる。毎日繰り返すうち、それが日常になってしまった。

留守番電話はとても古いものなので、小さなカセットテープで声を録音する。
毎日、毎日、それから何年も先輩の声は流れ続けた。

ある時、ふと気がつくと、いつの間にかテープの声が先輩の声じゃないように思えてきた。
同僚や後輩に聞いてみると、気づいた時期はバラバラだけど、テープの声が変わってきていると気づいた人は、結構たくさんいた。

どうやら、テープがのびていたらしい。再生部のヘッドも、きっとガタがきているのだろう。

ある夜、残業を終えて帰ろうとした時、何となく留守番電話のテープを再生してみた。

もう、誰の声だか良く分からなくなっている。けど喋っている言葉は、無機質で、はっきりしている。

まるで、死んだ先輩の代わりに、吹き込まれた声がゆっくり歳をとっているみたいだった。これでますます消去しづらくなってしまった。

今日も留守番電話は動く、そのたびに、少しづつ、先輩の声は老朽化してゆく。

いずれ、テープが切れてしまうかもしれない。その時が先輩とお別れの日になるのだな、と思った。


あの日

日付は、その日起きたどんなことよりも強い意味を持つことがある。

元旦に生まれた赤ん坊。

大晦日に酔っぱらって、頭を打って亡くなった親類のおじさん。

 * *

母は、奥の保育器を指さして、言った。

あそこの保育器に入っている、真っ赤な眼をした赤ん坊は、

あの日に生まれたんだ。

あの日に生まれたんだよ。


ヨット

盛夏の合間、時折訪れる涼しい日。

沖の方から、ヨットが流れてきた。

古いヨットだ。誰も乗っていない。
塗装は剥げ落ちてボロボロだ。

帆には大きな穴が空いている。
蛇行しながらこっちに向かってきたヨットは、
テトラポットにぶつかって、横倒しになった。

ヨットは、次から次へと流れてくる。
テトラポットにぶつかって、ゆっくり横倒しになる。

やがて海面が、倒れたヨットの帆で埋め尽くされた。
長い年月のせいでクリーム色になった帆が、まるで砂漠のように見える。

その間も、ヨットは絶え間なく流れてくる。
海岸は倒れたヨットで埋め尽くされ、沖の方でゆっくり倒れる様子が見える。クリーム色の砂漠は折り重なるように奥行きを増す。

波で揺れる海面。そのたびに、ギッ、ギッと木製の船体が音を立てる。

これが一晩中続いたあと、クリーム色の砂漠は波の向こうに行ってしまう。

数年に一度、こういう日がある。
どこから来るヨットなのか、誰もわからない。


結界

その結界は、公園の片隅にある。

結界は3メートル四方くらいの石で出来た板で、地面に置かれている。
数百年もの間、その石には誰も触れたことが無いらしい。
猫や犬もその結界は避けて通り、塵も積もらない。

この辺に住んでいる人は、公園で遊ぶような年頃になると、親から結界内に立ち入ることなかれと注意され、そこで初めて結界のことを知る。僕もそうだった。
数百年続いていた習慣の重みは、子供にも何となく伝わるらしく、やんちゃな子供もその言いつけだけは守った。

父親にひどく叱られたある日。

僕は結界に触れてみようと思った。一瞬だけグレた事をしたかったのだ。
夕方、ひとりで公園に行き、僕は結界の前でしゃがんだ。

やはり、触ることは出来なかった。

別に触ろうと思えば、触ることは出来たと思う。ただ、わざわざ触らなくてもいいと思ったのだ。何となく触らなかったのだ。
きっと、猫や犬もなんとなく避けているのだろう。数百年に及ぶ禁忌の力は、「なんとなく」という、どうもぼんやりとした力で支えられてきたと、その時知った。

僕の住んでいた田舎は、ほんとうに山奥の、過疎の村だ。高校を卒業した若者はみんな村を出る。僕も例外では無く、東京に出てから数十年が過ぎた。

そんなある日、久しぶりに同級会があった。地元の村で開くらしい。僕は村がまだあったことに驚いた。

久しぶりに帰った村は、当時とほとんど変わらなかった。同級会は村に一軒だけある飲み屋でやるらしい。
そもそも参加する人などいるのだろうかと不安になったが、驚いたことに全員が参加した。乾杯と共に酒は進む。久しい面々。面影はあとからついてくる。最初は近況などを話していても、酒の力を借りてお互いの記憶を絡ませ合うと、どんどん過去の記憶に色がついてくる。

杯を重ねるうち、あの結界の話になった。

やはり、皆一度は結界に触れてみようと思ったそうだ。そして、僕と同じように結界にはなんとなく触れなかったらしい。
今では随分とやくざっぽい風体に変わり果てた当時の学級委員が、ふいに言った。

「行ってみないか?結界に」

酒の力は強い。全員一致で飲み屋を出て、僕たちは結界に向かうことにした。
夜も更けて真っ暗な中、僕たちはあの公園を目指した。

公園は、無くなっていた。

駐車場みたいな更地になっている。あれほど禁忌扱いになっていた結界も、どれだけ探しても見あたらない。酒も醒めてきて、皆、何となく落ち込んだ。

「数百年の禁忌じゃなかったのかねえ」

誰かが言った。僕も同じ気分だった。
皆、それ以上は何も話さなかった。すっかり醒めた気分で、皆とぼとぼとそれぞれの実家へと戻っていった。

翌朝。

あの結界はどうなったのかと、両親に聞いてみた。
両親は、結界とは何だ?と怪訝な顔で僕に聞き返した。結界のことを綺麗さっぱり忘れているのだ。幼い頃、あれほど強く言われていたのに。僕は拍子抜けした気分になった。気を取り直した僕は少しだけ話題をずらして、公園がいつ壊されたのか聞いてみた。

両親曰く、

「公園なんて、ずっと無かった」

流石におかしいと思った。あれほど遊んだ公園なのだ。自分の記憶が信じられなくなってきて、僕は昨日電話番号を聞いた同級生に聞いてみることにした。

同級生の両親も、やはり公園の存在を知らなかった。数人に聞いてみたが、やはり、誰の親も知らないという。
あれほどはっきりした記憶なのに。皆、僕と同じように不可解な様子だった。

ふと思い出した。そういえば、昨日の同級会、担任の先生が来ていなかった。
僕は学級委員に電話をかけ、なぜ先生を誘わなかったのかと聞いてみた。

先生は、既に亡くなっていた。

その日は有休をもらっていたので、僕は学級委員に場所を聞いて、先生の墓参りに行くことにした。

先生の墓は、少し山を分け入ったところにあった。道中、僕はたくさんの蚊に刺された。

先生の墓に花と線香を供えようとしたら、墓石の前に手紙らしいものが落ちていることに気が付いた。
僕は少し悪い気がしつつも、その手紙を開いてしまった。

手紙には、こう書かれていた。

「騙された気分は、どうだい?」

癖のある字。間違いなく先生の字だ。
僕は山の中でひとり、上を向いてポカンとした。

一面の木々。木漏れ日も強い。よく晴れた日だ。これは一体何の真似だろうと更に不可解さが増したところで、

「やーい。騙された」

同級生が全員集まっている。皆で僕を取り囲んで、僕を指さして笑っている。
訳が分からないまま、僕はすごく悔しい気分になった。泣きそうだった。
皆、まだ笑っている。僕はたまらなくなって、笑っている同級生の一人を殴りつけようと一歩前に出た。

夕方だった。

公園だ。ここは公園だ。
下を見てびっくりした。
ぼくは結界の中にいた。どうやら結界の外に出ようとしていたんだ。
怖くなって、あわてた。ぼくはすぐ結界の外に出た。

なんで、結界の中なんかに入ったんだろう?
叱られる。そう思ったら、お父さんが目の前にいた。

まずい。見られてただろうな。

お父さんは言った。

「だから、結界には触れるなと言ったろう」

ぼくは、ごめんなさいと謝りました。


右翼と左翼

一人の右翼がいた。
右翼は、飛ぶことが出来ない。
右にしか翼がないからだ。

一人の左翼がいた。
左翼は、飛ぶことが出来ない。
左にしか翼がないからだ。

右翼も、左翼も、寂しかった。
何より、一度くらいは飛んでみたかった。

右翼と左翼は出会った。
お互いが、お互いに欠けているものを持っていた。

ふたりが抱き合えば両翼になれる。
期待に胸をふくらませて、ふたりは抱き合った。

翌朝まで抱き合ったが、相変わらず右翼は右翼のままで、左翼は左翼のままだった。抱き合う手を離してしまえば結局、片割れに戻ってしまう。ふたりは呆然とした。

ふと見た足下に、小さい何かが落ちていた。

きっと、これは私たちの子供だ。嬉しい。
子供は希望の塊だ。私たちは片割れで終わってしまうかもしれないが、子供が両翼なら、それで十分じゃないか。

ふたりは安心して、足下の大切な子供を抱き抱えようとした。

子供は、右翼だった。

両親は、すこし沈み込んだあと、もういちど子供を見た。

笑っているように見える。

両親は安心した。自分たちは、未来永劫飛ぶことはできないだろう。しかし、飛ばずに笑うことなら、できる。


白夜

手荷物はずいぶんと少なく、片手で納まるくらいだった。

あぜ道を歩く。 何も食べてないはずなのに、食欲がない。

鉄塔が見える。 色々な名前を次から次へと忘れてゆく。 

霧が出てきた。

特別なことは何も無い人生だったな。
あまり、笑ったり泣いたりしなかったな。
だから、あまり怒らなくて済んだのかな。
何だか、ずっと謝っていたような気がするな。

白夜だ。

そういえば、あまり旅行しなかったな。
好きになった人、いなかったかもな。
食べ物も、好き嫌いは無かったな。
そのかわり、何を食べても普通だったな。

電子音みたいな風鈴の音。

色んな人に、お礼を言ってなかったな。
持ってる物、全部あげていいけど、誰も要らないだろうな。

船着き場のような場所、作業服を着た老人が、
「持っているお金を、全部見せなさい」
と言う。

僕は持っているお金を、全部見せた。
小銭ばっかりだった。

「よろしい」

作業服を着た老人は、僕を船に乗せて、静かに漕ぎ出した。

船着き場に立っている僕は、
船に乗った老人と僕を、小さくなるまで見送った。

僕はその場に座った。
そのあと、何もかもが消えた。


錠剤

彼女から、真っ白な錠剤をもらった。
どうやら、飲むための錠剤ではないらしい。

聞いてみると、ずいぶん昔に開発中止になった「火種」だそうだ。水の中に入れると発火するらしい。

とりあえず、試してみることにした。
コップに水を入れ、錠剤をひとつ、水の中に落としてみた。

少し泡を出してから、白い錠剤はコップの底に沈んだ。
そのまま、特に変わったことは起きなかった。

僕は彼女に電話してみた。

「何も起きないんですが」

「そうですか」

「発火しないんです」

「水の中ですから、火は消えてしまいます」

「水に入れれば、発火するのですよね」

「その通りです」

「発火しても、水が火を消してしまう、と」

「その通りです」

「意味、無いですね」

「ええ。だから開発中止と」

「なるほど」

「まだたくさんあるのですが」

「いりません」

「そうですか」

電話が終わる頃には、白い錠剤は溶けて無くなっていた。
もったいないので飲もうかと思ったが、やめておいた。


人だかり

広場に、人だかりが出来ていました。
僕は気になったので、たくさんの人をかきわけて、人だかりの真ん中まで行きました。

人だかりの真ん中には、何もありませんでした。
不思議に思ったので、近くにいた人に聞いてみましたが、みんな、なぜ人だかりになっているのか、不思議そうにしているばかりでした。

「ここには、何もないんだから、集まっているみんなに、そう伝えればいいんじゃないか」

みんな、その通りだと思いました。
人だかりの真ん中で、僕たちは大きな声で言いました。

「ここには、何もありませんよ」

人だかりは、どよめきました。
僕は、これでみんな散り散りになると思ったのですが、なぜか、人だかりは更に大きくなっています。

「何もないらしいじゃないか」

どうやら、何もないことを確かめるために、どんどん人が集まっているようです。

人だかりは、どこまでも大きくなってゆきました。


黒い飴玉

祖母が亡くなる前日、わたしは祖母が眠る布団の前に呼び出された。

祖母は私に言った。

先祖の代から続く黒い飴玉があること。
その飴玉は代々その家の娘が受け継いできたこと。
飴玉はほとんど溶けない材質のため、何世代にも渡って舐め続けなくてはならないこと。
そして、その黒い飴玉は今、祖母の口の中に入っていること。

私の母は、私が産まれてすぐに病気で亡くなった。だから、その黒い飴玉を私が受け継がなくてはならないと、祖母は言う。衰弱しているはずの身体からは想像できないくらいの真剣な表情に気圧されて、私は何となく頷いてしまった。

黒い飴玉は神聖なものだから、不浄な「手」で持ってはいけないらしい。
代々、受け渡しは口移しで行われているそうだ。

だから、私は祖母とキスするようにして黒い飴玉を受け取った。

それは1センチくらいの小さな飴玉だった。舌ざわりはつるつるで、味はしなかった。

3日後、私は、黒い飴玉を舐めながら、煙になって昇る祖母を見送った。

黙って煙を見ていると、一瞬だけ、飴玉に味があるような気がした。
私と一緒に煙を見上げる親戚たちは皆、飴玉の存在を知らない。

黒い飴玉は、まだ私の口の中にある。


跳ねる虫

跳ねる虫は大抵じっとしている。

体長はおよそ3ミリくらい。米粒くらいの小さな虫だ。
おそらく甲虫のなかまだろう。背中は固い殻が覆っている。

跳ねる虫は御影石の表面によくひっついている。身体の色が御影石の色によく似ているので、ちょっと見ただけではそれが跳ねる虫とは気づかない。

跳ねる虫は何日も同じところにひっついている。爪や石で引っ掻いてもなかなか剥がれない。無理に剥がそうとすると、跳ねる虫は潰れてしまう。

跳ねる虫は数日じっとした後、突然跳ねる。
パシッと、蛍光灯が点く時のような音を立てて、跳ねる虫は高く跳ぶ。

空中で、パシッと、もう一度同じような音が鳴る。
跳ねる虫が破裂した音だ。

ポッと親指大の煙が出て、枯れ草のカスみたいな塵が少しだけ舞う。
それで寿命が終わる。

色んな地方で、ハナビムシとか癇癪虫とか様々な呼び名があるらしいが、誰も正しい学名を知らない。


屋形船

その屋形船には、船頭も乗客もなく、雪洞がひとつ小さく灯っている。

いくつもの橋をくぐって、無人の屋形船は水路を下ってゆく。
目まぐるしく動く街の光も水路まで届かない。雪洞の小さなオレンジ色をゆらゆら水面に映しながら、屋形船は静かに街中の用水路を流れてゆく。

橋の上を通るサラリーマンや倦怠感漂うカップル、あるいは灰色く煤けた野良犬達は、小さくなってゆく雪洞を傍目で見送った。

夜も更けて。

いつの間にか市街地を抜け、寝静まった工業地帯を抜け、無人の屋形船が郊外の大きな団地に差し掛かる頃には、ずいぶんと暗闇の量は増えていた。

夜道を歩く男の子が、遠く揺れる雪洞を指さして、狐火だとはしゃいでいる。

闇を小さく灯していた明かりも一つ消え、二つ消え、周囲はしんとした闇の時間となった。虫の声も、ない。

河口付近には複数の水路から水が流れ込む。屋形船のいる水路の向こう側に並行して流れている水路。闇をチャプチャプと流れる水音と共に小さなオレンジ色が見える。もうひとつの屋形船だ。

川は合流し、無人の屋形船は二艘となった。川はいくつも合流を繰り返す。小さな水音を立てながら、無人の屋形船たちに一艘づつ仲間が増えてゆく。

とうとう屋形船は幾十艘もの大編隊となった。雪洞はお互いの船を照らし、ひと塊となった複数の屋形船は、さながら水上を流れる城のようにも見えた。

やがて、誰も乗っていない屋形船たちは河口を抜け、海へ出た。
オレンジ色の雪洞は、上下に揺れながら、波の向こうへと消えていった。


稚児行列


シャリシャリ響く鈴の音

緊張した面持ち

頬紅は円く

歩行者天国のような国道を

おぼつかない足で

理由も分からないままで

着飾った稚児たち

亡くなった住職のことは

だれも知らない


横断歩道に一匹の象が立っていた。

歩行者用の青信号は点滅し、やがて、赤になった。
象はやはりそこに立ったまま、哀しそうな眼でじっとしていた。

何台もの自動車が、クラクションを鳴らす。
象は遠くを見ているような顔で、やはり、そこにいた。

クラクションの数が徐々に増え、津波のようになる頃。

象が一声、鋭く嘶いた。

クラクションは一瞬で止んだ。
一帯の雑音も、一瞬、止んだ。

歩いていた人たちも、散歩中の犬も、皆、止まった。

赤ん坊も泣きやんで、
曇りがちの空が、真っ青になった。


私たち

コン。コン。

「入っているのは、私ですよ」

コン。コン。

「はい。聞こえます。あなたのノックですね」

コン。コン。

「不思議なものですね」

コン。コン。

「自由な外の世界にいるあなたは、無言でノックをするばかり」

コン。コン。

「対して、幽閉された私は、ずいぶんと饒舌です」

コン。コン。

「さて、今度は、私からのノックです」

・・・・・

コン。コン。

・・・・・

コン。コン。

・・・・・

コン。コン。

コン。コン。

「私には、あなたがまだここにいるのか、もう立ち去ってしまったのか、分からないのです」

・・・・・

「そもそも、ノックだけですから、あなたが、本物のあなただったのか、確かめる術もありません」

・・・・・

「私たちは、ほんとうに、私たちなのでしょうか」

・・・・・

・・・・・

・・・・・


予報

大気の状態が

非常に

不安定となり

波の高さは

2メートル50センチで

うねりを

伴うでしょう


* * *


北東の風

非常に強く

雨は

所によって

雷を伴い

激しく

降るでしょう。


ボタン

私のアルバイトは、3時間に1度だけ、ボタンを1回押すことです。

面接はすごく大変で、私の他に面接を受けた人たちは、ほとんど落ちてしまったそうです。

最後の面接で脳波を取られました。なぜ脳波が必要なのか質問をした人は別室に連れて行かれました。あとで聞いたら面接に落ちてしまったそうです。

ボタンのある部屋は、小さなマンションの一室です。オートロックが何重にもにかかっていました。とても大事な仕事なんだろうなと、緊張したのを覚えています。

ボタンを何のために押すのか、私は知らされていません。ちゃんと押したかどうか、見ている役目の人もいます。その人も、何のためにボタンを押すのかは知らないそうです。

そこにいる人達のことを、名前で呼んではいけないという決まりがあるのですが、そもそもみんな、お互いの名前を知りません。しかし、決まりは厳しく、あだ名で呼ぶことも禁止されています。

初めてボタンを押すときは、とても緊張しましたが、やがて何も考えずにこなせるようになりました。

もし、ボタンを押さなかったらどうなるんだろう?

試しに、そう思った瞬間、
ピピピピと、目覚まし時計のような音が鳴って、会ったことがない男性が部屋の中に入ってきました。

その人は、今日は体調が悪いみたいだから、もう切り上げましょうね。と、やさしい口調で、私を早退させました。

次の日からは、また何もなかったように同じ内容の仕事を繰り返しています。

私のアルバイトは、3時間に1度だけ、ボタンを1回押すことです。


クラゲ

昼、日差しの強い時、
光を栄養にするクラゲは大気中に満ちる。

クラゲの身体は完全な透明で、眼には見えない。
周囲の空気が流れると、それに合わせて移動する。だから触れることはできない。

強い日射しが無くなると、クラゲは大気中に溶けてしまう。
溶けたクラゲは蒸気となり、大気中にそれらが溜まると、雲になり、雨になる。

雨は地表で、再び蒸気となるが、また日射しの強い日が来ると、再び、
見えないクラゲとなって、大気中を満たす。


記念日

花束から一番赤い花を一本引っ張り出して、
花びらを銃口にして、バン、と撃つふり。

そしたらアナタはふざけてるのか、
頭を破裂させて、バン、と花のふり。

別に二人とも、特別なことをしたかった訳じゃなかったんだ。
明日になったら、当たり前に遅い朝食をとって、一向に決まらないアルバイトの事を、笑い話にしてしまうつもりだったんだ。

それが、どうしたことだろう、何でか今は、こんな有様だ。バイバイ。

外は嫌になるくらい日が射してるし、
パチンコ屋の宣伝車はいつだって大音響だし、

頭の中では、いつもラジオ。

別に二人とも、特別なことをしたかった訳じゃなかったんだ。


輪郭

あなたは、命令をする。

わたしは、その通りに動く。

あなたの命令通りに動いている間だけ、

私の輪郭は存在する。


土の中

「どうして、いつまでもこうやって、私たちは土の中で膝を抱えているのでしょうか」

後輩は、何度も同じことを私に質問します。私は特に何も答えず、半分眠ったように、同じ姿勢を続けます。

私たちは、生まれた時から既に年寄りだったような気がします。年寄りのまま生まれ、年寄りとして生き続ける。最初の頃は無為な行動欲求を押さえられずに悶々としたものですが、慣れてしまえばじきに、動かないからこそ感じる様々について気持ちを巡らせることが出来るようになってきます。

上の方から、ずっと下の方へとじわじわ染みこんでくる水の音。
樹木の根が、その水を求めて更にゆっくりと伸びる時のキシキシ言う成長の音などは、特に私を楽しませてくれます。

私たちの周囲を満たす土は、小さくなった情報の塊です。遠くのどこかで動きがあれば、まるで波のように土を伝わって私の元へと届きます。そして、私の身体を通過して、またどこかへその情報が伝わってゆきます。私の知ることは、この土が知ることであり、私の身体は、私を密着して包んでいる土が、まるで鋳型のように形成したものなのです。

私たちは、この暮らしに満足しています。
身体の奥に、まだ小さな羽根がある事を知りつつも、私たちは沈黙を続けることで、気が遠くなるほどの長い間、こうして楽しみ続けます。たとえ寿命が尽きたとしても、そのまま土と同化するだけで、またいずれ、同じ場所で、今度は鋳型として次の何かを形作るのでしょう。

土の塊と塊の隙間から、たまに、明るい光の粒を見る事が出来ます。私たちは知っています。その光の粒がある場所は、土と土の間が極端に広い、まるで空間だけで作られたような世界であることを。そして、あの光は粒ではなく、その世界全体を満たしており、私たちの眼は、その光の強さに耐えきれないであろう事も。

若い気を持った者達は、その強烈な光の世界について知ると、だいたい落ち着きが無くなります。背に潜り込んだ羽根が疼く、とよく言います。そこで大声で叫び、己を謳いたいと、若い気故に悶々とするのです。

そして、さらに若い気を持った者達は、光に近づこうと、小さく移動を始めるのです。おおよそ移動に適さない私たちの身体にとっては、それはとても難のあることだと思うのですが、若い気を持った者達は、地道に「上」を目指します。

「上」を目指す者の後ろ姿は、数日おきに少しづつ小さくなってゆきます。私たちは、また仲間がひとり去る、と、少し寂しいような、勿体ないような気持ちでそれをゆっくりと見送ります。

私に質問をした後輩は、結局気が若かったのでしょう。
光の粒に向かって、私の近くから去ってゆきました。

おそらく、闇を満たす「空気」と呼ばれるものに、シンとした冷たさを感じることでしょう。それは、とても心地よい筈です。

その空気に感応するように、後輩の背中は二つに割れ、自分の中身が、艶めかしく生まれ出る事でしょう。

後輩はきっと驚くはずです。自分の身体は、こんなにも美しかったのかと。そして、あることすら半信半疑であった背中の羽根は、こんなにも大きく見栄えのするものだったのかと。

いずれ周囲を満たしてくる強い光を浴びながら、まるで産声のように後輩は叫ぶことでしょう。
叫びながら、跳びあがって、すぐに宙で遊ぶことを覚えるでしょう。
宙で遊びながら、己の寿命がもうすぐ尽きることを悟るでしょう。
寿命が尽きるまで、出来る限り大声で叫び続けるでしょう。

私たちは、涼しい土に満たされながらその様子を思い浮かべ、また、半分眠ったように、同じ姿勢を続けるのです。



友人の頬には、2センチほどのホクロがある。

しかし、それはよく見る円形のホクロではなく、綺麗な明朝体で「う」と書かれてあるように見えるのだ。
一瞬、入れ墨に見える。それほど文字として整っていた。

クラスメイト達は、その見事なホクロについて盛んに質問をした。そのたびに友人はうつむいて、「別に」を繰り返していた。幼い頃から指摘され続けて、もう返答するのも疲れたのだろう。ひょっとしたら、それが原因で苛められた過去もあるかもしれない。皆は頬の「う」がホクロである事を信用しようとしなかった。友人は、どこへ行っても入れ墨入りのレッテルを張られていた。

私が友人と初めて話した時は、友人がアルバイトの面接に落ちた直後だった。たまたま同じ面接を受けた私も、やはり落ちていた。
友人は私に、頬のホクロのせいで面接に落ちたと悔しがった。私はそれを聞いて、少し苛立った。何かのせいに出来るのが羨ましかったからだ。私には自分が面接に落ちた原因がわからずに、やんわりと人格否定された気分だった。友人の悔しがる様子は、私の落ち込みを更に深くした。

私はその時苛立っていて、頬の「う」について触れるする余裕が無かった。しかし友人にとっては指摘しなかったことが好ましかったらしく、私と友人は、放課後一緒にいることが多くなった。

そしてそのまま、20年が経つ。

その間、私は頬の「う」について、何となく触れることが出来なかった。普段は気にならないのだが、ふとした拍子に「う」の事について触れることが出来ないことに気がつくと、友人に対してどこか心を開き切れていないのではないかと思い、悶々とした。

私は理由もなく、決意した。
明日、友人と会った時に、それとなく話題にしてみよう。
私にとって、それは本当に勇気の必要なことだった。私の個人的な問題を解決するために友人のコンプレックスを利用するようで気が引けたのだが、その時は、そうすることがとても重要なように思えたのだ。

友人は、既に待ち合わせ場所にいた。

私は驚いた。
友人の頬から、「う」が消えていたのだ。
この前会った時から、まだ一週間も経っていないのに、ホクロは綺麗に消えていた。私は出鼻をくじかれて、何も言い出すことが出来なかった。

友人は何も言わなかった。いつも通りの雑談をして、その日は別れた。既に消えたホクロについて私がそれを口にする機会は永遠に失われてしまった。私は消化不良のような、これで良かったような、何とも言えない気分になった。

私たちの関係は、まだ続いている。


微音

病室。

背骨に耳を当て、髄液の流れる音を聞いている。
ああ確かだ。確かにこの人は生きている。

呼吸はチューブを通る空気の音、
心音は断続的な電子音、
瞼には天井からゆっくりと降り立つ女郎蜘蛛。

ベッドには名札がある。随液は微音で流れる。
確かにこの人は、ずっと生きている。


ナツシラセ

合体して飛んでいたナツシラセを網で捕まえては、二匹を引き離している少年がいた。

私がやめた方がいいと声をかけると、少年は私に、なぜですかと聞いた。

私は、じき分かるとだけ答えた。
少年は、叱られたと思ったらしく、きまりが悪そうに去っていった。

かつての少年だった私も、やはりあのようにナツシラセを引き剥がして遊んでいた。幾十ものつがいを、同じような方法で別離させてきた。

あれは、やはりやめた方がいい。夏が来るたびに後悔することになる。今私がこうして独り身なのは、間違いなく、ナツシラセの呪いなのだから。


ピアノ


ピアノを習うことについて、

ひとりの父は、ダメだとにべもなく断った。

ひとりの父は、習わなくてはならないと強要した。

僕は、いちばん近くの、いちばん大好きな父に聞いてみた。

どうでもいい、と言った。

見渡す限りの田んぼや畑。

その中にゆっくりと、自分が溶けてゆく。

遠くにかすむあぜ道では、

沢山の父が、次々と田んぼに身を投げ出していた。


絶世の美女

曇りのないセルリアンブルーの空、小麦色の肌、笑顔、片手にはビールの大ジョッキ。

印刷された女性はかつて居酒屋の脇におり、健康的な佇まいで客を淡く扇情し続けた。

居酒屋は潰れた。

印刷された女性は、やはり、店内に留まり続けた。入り口のガラス窓から、毎日、強く西日が射す。一日数時間の日光浴によって、セルリアンブルーの空は薄い水色となった。同様に、印刷物の女性から、目鼻の陰影が少しづつ霞んでいった。

陰影の薄れた印刷物の女性の顔には、やがて埃が白粉のように堆積した。毎夕差し込む西日に反射して、白粉はキラキラと光り、正に菩薩の様相を示し始めた。

そして、居酒屋は重機によって解体される。

蹂躙する鉄の塊によって破壊された勢いで、印刷物の女性は歩道にペラペラと舞い降りた。

下校中の小学生がアスファルトに張り付いたそれを見た。
下校中の小学生は、それを靴で踏み、踵のゴムを擦り付け、そのまま通り過ぎていった。

堆積した諸々が剥離した瞬間、絶世の美女が立ち現れた。

更にその次の瞬間、時速60キロで突っ込んできたトラックのタイヤが、水色の青空ごと絶世の美女を轢きちぎった。


焼魚

テーブルの上に焼魚があり、彼女と私は焼魚を挟んで座っている。

彼女は平らな焼魚の、腹のいちばん盛り上がった部分に箸を入れる。
そこから綺麗に割かれた焼魚は骨をのぞかせ、彼女はしっぽから骨を指でつまんで、ルルルルルと身から剥がした。

そうして彼女は、「行儀が悪いかもしれないけれど」と言って、口をすぼめるようにしながら、骨の脇についた身をこそげながら食べた。

そうやって焼魚を食らう彼女からは、旺盛な情欲を感じた。猫背のままボソボソと身を摘んで口に運ぶ私は、自分のことを、非常につまらない者だと感じた。

骨抜きにされた焼魚は、白目を丸く見開いたまま中空に向けている。口は小さく開いたままで、その表情は達観をはるかに超えた先にある、阿呆にのみ許される世界の住人に見えた。

その口が、阿呆の如き魚の口が、骨抜きのまま、力なく、けれど愉快に、言った。

「これで、いーのだ」


ラッパ

昭和20年代。未だ戦争の余韻が抜けきらぬ時代。

続々と帰還した兵士達は、意気消沈していた。しかし、荒廃した故郷はいつまでも傷を癒し続けてはくれない。彼等は改めて稼ぎ頭としての軍神となるべく、枯れ果てた気持ちに鞭打ちながら、かつて焦がれに焦がれた家族の為、生活の為に、労働の世界へと立ち向かっていった。

戦中、周囲から「鬼神」と呼ばれ続けた猛者がいた。並み居る敵兵を次から次へと打ち負かし、自らも楯となって小隊の先頭に立ちながら猛進するその姿は、周囲の尊敬と羨望を集めた。一兵卒でありながら神懸かりのような能力高き歩兵。まるで戦う為に生まれてきたようなその姿から、皆、彼のことを階級を超えた呼称として「鬼神」と呼んだ。

そんな「鬼神」は、おそらく全国に数十、数百人といたであろう。中には戦中臆病者と罵られつつも、帰還後に己の立ち居振る舞いを偽り、自称鬼神を騙る者も多々存在したと思われる。

しかし「鬼神」は、社会の一労働者として見る限り、その能力を発揮する機会はあまり見受けられなかった。当時は集団に埋没し、集団の中で川を流れる笹舟のような生き方こそが、角の立たぬ一社会人としての在りようであった。やはり鬼神にそれは似合わない。多くの鬼神達は、集団での労働を早々と辞め、街角の豆腐売りや、納豆売りに姿を変えた。

鬼神達は、己の戦意を持て余していた。もう、戦乱の世は無い。己の猛々しさを世に訴える機会は、自分が生きている限り、これからも多分無いだろう。悶々とする鬼神達は、もの売りの必携であるラッパを天高く吹き鳴らし、己の戦意を虚空高く吐きだしていた。

街頭でものを売り歩く鬼神同士、たまにすれ違う事もあった。
そんな時はお互いのラッパをより高く鳴らす。双方で共鳴しあうラッパは、まるで戦そのもののようであった。より豪快な音色を出せば、当時の鬼神ぶりの証明につながる。己が相手と比べて、より鬼神であったと証明すれば勝ちである。そうすればその場で堂々と商売が出来る。街角ではあの手この手で趣向を凝らしたラッパが吼える。いつしか街頭の物売りはラッパの名手となっていった。

鬼神、豪傑、己の強さをあらん限りの方法で詠い、お互いをラッパで、音楽をもってdisり合う。

既にご存じであろう。
これが、ラッパーの語源である。


メントス

オジサンはやおら立ち上がった。みんなが注目する中、胸の内ポケットに手を入れた。

周囲がざわめき始める中、ずいぶんと緊張した面持ちで、オジサンは胸の内ポケットからゆっくりと手を出した。

メントスだった。少し遠くてよくわからないけど、たぶん、グレープ味だ。
メントス片手に、オジサンは朗々と語り出した。

「私の人生、苦節とまで言うほどの苦労はしておりません。しかし、私にも私なりの労苦のようなものはありました」

皆のざわつきが強まった。

「こうして皆様の前で、このようにお話する事は、私の人生の中でも、非常に思い切った、珍しい出来事なのです」

人が集まってきた。

「このまま行けば、私の人生は平穏に終わることと思われます。しかし、私は自ら、その平穏を破ることを決意し、今、ここに立っております」

オジサンは、メントスの包みを丁寧に剥がし、一粒を高くかかげた。

神々しい姿だった。

「・・・食べます」

オジサンの顔は、厳しさと静寂とが共存しているような、特別な領域にたどり着いたような表情に見えた。オジサンはゆっくりとメントスを口に入れた。
皆、固唾を呑んで見守った。

「・・・甘いです」

オジサンは眼を閉じた。そのまましばらく、その甘さを噛みしめていた。

ゆっくりと、オジサンの頬が赤くなってゆく、
両頬をリンゴのように真っ赤にしながら、オジサンは切なそうな表情になった。

「・・・甘くて、恥ずかしいのです」

皆、頷いた。それは確かに、恥ずかしそうな姿であった。さっきまで朗々と自らの身の上を唱っていたオジサンは、今は何だかモジモジした、小さなリスのようだった。

そこにいた僕も含め、見ていた皆は、なんとなくこのオジサンを好きになっていた。


路上

道路脇でこれを書いています。

「前略、道の上より」

お。ケルアックか。さすがはひと味違うよね。言うことがクールよね。

・・・

すみません。間違えました。これ一世風靡セピアだ。

でも、どのみち格好良いので、別によいことにします。


岸くん

確か、その時の友達が岸くんを紹介してくれたんだっけかな。

目つきの鋭い岸くんは、僕にいきなり「アートいいよねアート」みたいな事を言った。僕はアートとかそういうものは、品の良い人たちのものだと思っていたので、目の前の、眼光鋭い痩せた肉食獣のような岸くんの口から、そんな台詞が出てくる事を不思議だとも思ったし、おとなしい人たちだけの人畜無害な世界が、なんだかトラクターで蹂躙されたような、嫌なような、逆に爽快なような、不思議な気分になったのを覚えている。

アルバイトを終えて裏口から出ると、いきなり岸くんがすぐ脇の電柱の下で煙草を吸って待っていた。
僕はえらく驚いて、驚いたままの僕に、岸くんは言う。

「僕の家においでよ」

僕はやはり驚いた表情のまま、言われるがままに岸くんの家についていった。
岸くんの家はすごく大きくて、なのに全ての部屋が散らかっていて、庭の草は伸び放題だった。岸くんは自宅までワイルドだった。全然落ち着かなそうな家だったけど、僕は、何だかとても羨ましかった。僕ら一家がこんな豪邸を手にしたら、きっと畏れ多くて後生大事に住まうだろう。毎週末、緊張しながら壁や床をせっせせっせと磨くだろう。

金持ちは違うな。と思った。グライダーとか庭のバーベキューセットとか、一過性の趣味で手に入れたものが容赦なく雨ざらしで錆びていたり、家の中のそこかしこに転がっている高そうな置物がだいたい壊れており、壊れてなくてもホコリや変なビニール袋がかかっていたり、何だろう、寝たり起きたりだけじゃない、高速回転するような生き方があって、一家がみんな揃って高速回転している感じ。

岸くんのお父さんが、床に放り投げられたテレビにファミコンを繋いで、咥え煙草で麻雀ゲームをやっている。ものすごいつまらなそうに。
よれよれの短パンをはいた岸くんのパパは、僕を見てさも無関心そうに「おう」とだけ言って、またつまらなそうに画面の方を向いた。

なんだか、そんな様子すらも格好良く見えた。ズサンで、乱暴で、金持ち。その全てが、僕の知る環境にはないものだった。

その日、僕は岸くんがワープロで作った野球チームのユニフォームを見せてもらった。不思議と品があって、格好良かった。僕はそれだけ見ると、暗くならないうちに家に帰った。

「僕は、ああはなれないな」

帰り道、数限りなく細かい挫折を繰り返している僕は、またひとつ挫折した気持ちになった。ちょっと悔しかった。

岸くんはやがてどこかへ引っ越していった。誰もいなくなった岸くんの家は、やがて競売にかけられた。
たまに、岸くんの家の前を通る。やはり草ぼうぼうで、割れたガラス窓から中の様子が少し見えそうになる。

そんな時、ひょっとしたらまだ、岸くんのお父さんが、あの中でつまらなそうに麻雀ゲームをやっているんじゃないか?という気分になったりする。


コガネムシ

お葬式の日には、親戚みんなで集まって、黒いコガネムシを採りに出かけます。黒いコガネムシは、なかなか見つからないのですが、一年中いるので、がんばれば、じき、見つかります。

ひとり一匹分集まったら、お墓の前で、みんなで黒いコガネムシを生きたまま食べます。全然おいしくありません。

みんな、凄くいやだけど我慢して食べます。

それが、僕の家のおとむらいです。


無題

炎天 トマトをうがつ水道水の飛沫


兄弟

僕の家が恐竜みたいにデカいショベルカーに壊される様子を、弟と二人で見ていたことがあります。

僕は、大人とかの大きい力には逆らえないんだな。と、悲しい気持ちでそれを見ていたのだけど、弟は僕とは違って、自分の家がグシャグシャになる様子を見て、ケラケラと楽しそうに笑っていました。

僕は、こいつ家が壊されるショックで頭がおかしくなったのかな?と思い、横を向いて弟の顔を確かめたところ、何というか、本当に楽しそうに、愉快そうに笑っているのです。

なんで笑ってるんだよ?と聞いても、弟はわかんないと答えるばかりで、何となくその場はうやむやで終わってしまい、それから何だかんだで20年。僕もその事はすっかり忘れていました。

弟は既に結婚していて、先週末に新築祝いをやったのですが、たまたまあの時の事を思い出したので、弟に聞いてみたところ、

「俺も、今でもわからないんだ」

とのこと。だろうなと思いながら聞いていたのですが、どうも他人事のように話すので不思議に思い、ちゃんと覚えているのかともう一度聞いてみると、

「だって、笑っていたのは、兄貴のほうじゃないか」

と言うのです。

酒が入っていた事もあり、それからはお互いに「笑っていたのは俺じゃない」と水掛け論を繰り広げ、二人とも泥酔して眠りこけ、翌朝やはり少々きまずくなりつつ弟と別れました。

それからしばらくの後、弟夫妻に子供が出来たようです。祝いの言葉に悩んでいる自分に気がついて、僕はずいぶんと照れくさい気持ちになりました。


玉蜀黍

玉蜀黍は、かつて通貨であった。
乾燥後も表面に皺がなく輝度の高い品種は、より価値が高いものとされた。

単位は「一本」と数え、一粒の価値はその百分の一とされた。また、輝きの足りない皺だらけの品種は、通貨の基準外とされた。

市民にとって、一本とは今の十万円程度の価値があった。当時の言葉で「百万本持つは貧するに似たり」というものがある。これは乾燥させてもやはりナマ物である玉蜀黍を、消費回転させずに保管し続けても腐ってしまうから意味がない、という、ナマ物を通貨にする上で最大の問題点を指摘した言葉であると同時に、当時「金持ち」が存在不可能であったことを示す重要な記録でもある。

金持ちのいない世界。当時はそれが実現していた。金は腐るから経済は回る。ますます世は発展してゆく。
まさに、太平であった。

しかし、やはり平穏とは破られるもの。あろうことか、通貨を食べる者が出始めたのである。
ある不心得物の仕業ではあろうが、問題はその尾ひれについた噂であった。

「どうやら、美味らしい」

背徳の味、とも言うべきであろうか。噂は噂を呼び、次第に多くの者が、現行の通貨を口にした。

やがて、背徳は加速する。「現金の調理方法」を模索する強者達が現れ、やがて決定打となる「茹でる」という方法が編み出されてしまった。

これは、正真正銘、美味であった。現金食の流行は爆発した。余談ではあるが、現金自体を爆発させ、菓子として食う者さえ現れた。

それを取り締まる側である役人達は大きなストレスを抱えていた。その辺を歩いている市民達が現金食を楽しんでいる。しかし取り締まる側としては大っぴらに食うわけにはいかない。そもそも国の倉庫に、もう一本も玉蜀黍が無い。

役人達は、やむなく玉蜀黍の回収を計画した。

「玉蜀黍交換券」を発行したのだ。

これが、現在の紙幣である。


スタンディングオベーション

入場券を買って、館内に入ります。
まるで映画館のような館内は、ゆったり座れる椅子が並んでいます。
前には、大きなカーテン。やはりほとんど映画館のようです。

明かりが落ちて、ブザーが鳴りました。

「それでは皆さん、始まります。盛大な拍手を」

みんなは、拍手をしました。拍手はしばらく続きました。数分経っても、まだ、何も始まりません。
次第に拍手は大きくなります。おかしいなと思ってあたりを見渡してみると、スピーカーから、大きな拍手の音が聞こえていました。くだらないなあと思っていたら、アナウンスが聞こえました。

「皆さん。間もなく始まります。もっと盛大な拍手を」

みんなは、さらに拍手をします。さらに数分間、館内は割れんばかりの拍手に包まれました。
気がついたら、スピーカーの音は消えていました。口笛が聞こえます。立ち上がっている人もいます。うっすら涙を浮かべている人もいます。

みんな、興奮していました。意味の分からない拍手で、ふしぎな気分になったんだと思います。

「それでは皆さん、お待たせ致しました」

アナウンスの声と共に、カーテンが開きました。

カーテンの向こうには、僕たちの観客席と同じような観客席がこちらを向いていました。
向こうの観客席もこっちと同じように満席で、やはり、みんな興奮しながら拍手をしていました。

お互いの観客席が、向き合ったまま盛大な拍手を送り合います。
僕は、なんだか涙が出てきました。いろいろなことがどうでも良くなるくらい、幸せな気分になってきました。

気づいたら、向こうの観客席に、見覚えのある顔がありました。

かつて好きだったひと、
連絡が取れなくなっていた親友、
大好きだった芸能人、
死んでしまったはずのおばあさん。
やはり、もう死んでしまったはずの両親。

僕は、驚くよりも、叫び出したいくらいの喜ばしい気分になりました。

アナウンスが、また聞こえてきます。

「さあ。どうぞ皆さん。互いに抱き合って、喜びを分かち合いましょう」

みんな転びそうな勢いで走り出し、そこら中で抱き合っています。きっと、僕のように、向こうの観客席になつかしい人や憧れの人を見つけたのでしょう。

なぜか、僕は立ち上がらずに、そこで一人、椅子に座っていました。
なんだか、少し、怖かったのです。

アナウンスが聞こえてきました。

「あなたは、行かないのですね」

僕に言ってる。驚いた瞬間に、眼が開きました。

白い天井。
鼻についたチューブ。
何本かの点滴。
ピッピッと鳴る四角い箱。
なんだか、身体が痛い。うごかない。

白い服を着た、看護婦さんらしい人が、僕の方を向いて言いました。

「あ。起きた」


ナンプラー

「好きな食べ物は何ですか?」

「魚醤」

「ぎょ・・・?」

「ナンプラー」

「あぁ、ナンプラー。調味料ですね?」

「飲むの」

「・・・はい?」

「飲むの。ナンプラー」

「そうですか」

「美味しいの。とっても」

「はい」

「美味しいの」

「今日はどうもありがとうございました」


きのう、犬が絶滅した。

犬は人の倍くらいの大きさで、肉なら何でも食べる。
危険なので僕たちが数を減らし、減らしすぎてつい、絶滅させてしまった。

猫は十数年前に絶滅している。
凶暴で大きな猫は、遊びで僕たちを襲う。だからこちらは大急ぎで根絶させた。
猫が消えた日は、祭日になっている。

僕たちより大きな生き物は、皆いずれ、僕たちの手によって絶滅する。そういえば最近、しばらく土をみていない。

が、用水路の苔はよく見る。トイレの壁面に広がった菌類も、よく見る。

いずれ僕たちは、動かなくなって、苔に包まれて、その時の姿のまま置物になる。

その頃にはきっと、どこもかしこも、菌が増える時の小さな音しかしない世界になっているのだろう。


ブレーキ

信号が赤になった。
ブレーキを強く踏んだら、車が傾いてブレーキの感触が消えた。

恐ろしくなって、更にブレーキを踏むと、速度表示が0を振り切って下がっていった。

僕は本当に怖くなって、ただただ強くブレーキを踏む。
速度表示は、マイナスの方向にぐんぐん進んでいく。
車はすでに止まっていた。

止まった車の窓から見える風景が、どんどん早回しのようにスピードをあげてゆく。
僕は更にブレーキを踏み続け、どんどん早くなる景色は、いずれ
震える光だけの、ぼんやりしたものになった。

目をこらすと、一瞬だけ人のような形が見えた。すぐ消えた。
車は、もうピクリとも動かない。

僕は車を降りた。そこには光しかなかった。真っ白だ。
そこらじゅうで、光が震えているのが、わかる。

どうやらブレーキを踏みすぎたせいで、僕の住む速度域は考えられないくらいに遅くなってしまったらしい。

たぶんもう、僕はかつての世界を見ることはできないし、
たぶんもう、かつての世界からも、僕を見ることはできない。


冷製スープ

コインランドリーが回っている。

トレーナー、Tシャツ、白いブラウスとジーンズ。数日分の洗濯物が中で回っている。たまに靴下が少しだけ見える。気に入った下着と気に入らない下着が交互に顔を出し、紐の先についた金具が時々、丸いガラス窓にぶつかってカチッカチッと音を立てる。

中はまるでメリーゴーランドだ。私を形作るそのほとんどがドラムの中で踊っている。
私は洗濯機の前で、ジャージを着て漫画を読んでいる。

私はヤドカリを思い出した。小さい頃、弟が飼っていたヤドカリを貝殻から引きずり出した時の、あのぶよぶよした柔らかい腹。

私もドラムの中に入りたかった。ぐるぐる回されてスープみたいになって、どこかの駐車場にでも撒いてもらって、アスファルトにスープになった身体を冷ましてもらう。

そして、冷めたスープになった私の身体に、浮かぶ月でも映すことができれば、きっとすごく幸せな気分になれそうな気がする。


クロアゲハ

昭和の後半。
1人の男の子が公園で行方不明になった。

家族は警察に捜索願を出し、テレビによる報道や地域の住民らの協力も得て総力戦の捜索が繰り広げられたが、結局有力な証拠はどこからも現れず、男の子についての一件はゆっくりと風化していった。

   *

男の子は野原にいました。
ツクシを摘み、オオバコの葉を踏みながら歩き、川を流れる水の冷たさに驚き、たまに、微かに浮かぶ誰かの顔を思い出していました。

   *

風化していた男の子の行方不明事件は、北朝鮮の拉致問題で再び注目を浴びた。北朝鮮側は数人についての関与を認めたものの、男の子については「知らぬ」を通した。
深追いによる関係の悪化を恐れた政府は、誰の目にも自然に映るような形で、慎重にこの問題を「無かったこと」にした。

   *

男の子は、まだ野原にいました。
ヤマユリの咲く季節、野原の脇を歩くと唐突に現れるヤマユリの白く大きな花びら。
男の子はヤマユリの花が嫌いでした。いつも突然現れて自分を驚かすからです。同じ大きな花でも、花弁が大きなカタマリになっているアジサイの方が数倍好きでした。男の子はアジサイの季節が過ぎてゆく事を、毎年、同じように残念に思います。

   *

再び事件は風化した。しかし家族の署名運動は地道に続いていた。世間がこの事件を忘れれば忘れるほど、家族は熱を込めて活動を続ける。
男の子の捜索は、家族の生き甲斐だった。

   *

やはり男の子は野原にいました。クロアゲハを追いかけているのです。まっすぐ飛ぶオニヤンマよりも、ひらひらと曲線の動きで飛ぶクロアゲハは、捕まえるのがとても難しいのです。

男の子はどこまでも、クロアゲハを追いかけました。


プロゴルファー

一度だけ、セレブの集まるゴルフコンペに出たことがある。
そこは、僕には到底ついていけない世界だった。

例えば、セレブはコースを歩くという事はしない。日焼けしてしまうからだ。打つのはティーショットだけ。これではゴルフにならないという声も聞こえてきそうだが、これにはもう一つ別の理由があった。

打つのは、ボールではなく、食べ物なのだ。

あるセレブは寿司を打ち、またあるセレブはたこ焼きを打つ。
綺麗なフォームで打たれる食材達は、まるでパーティー用のクラッカーみたいに飛び散る。何だか、とてももったいないと思う。

セレブ達は、皆の打つ食材を見て次に打つべき食材を決める。吟味するその眼は真剣だ。

その日はそこに1人だけ、女性プロゴルファーが混じっていた。僕同様、その日だけのゲストという訳だ。しかし彼女の扱いは僕とは雲泥の差だ。僕は一般人としての参加なので、どちらかというと観客目線でこのコンペに参加していた。

そのプロゴルファーが、ついに食材をチョイスした。ケースから何かを出し、ゆっくりとドライバー片手に歩いてくる。
皆が固唾を呑んで見守る中、プロゴルファーは静かにしゃがんだ。

ティーに厳かに配置されたそれを見て、皆にどよめきが走った。

生きた金魚だった。

ビチビチと跳ねる金魚を、やさしくティーに戻しながら、プロゴルファーは何度もスタンスを取り直している。

あまりの事態に、抗議の声が挙がった。

「生きた金魚はまずいんじゃないか?さすがに」
「紳士のスポーツで虐待はいただけない」
「そもそも金魚、食い物なのか?」
「中国では食うらしいよ」
「適当な事言ってるだろ。中国人に怒られるぞ?」
「でも、なんかフナの親類じゃん?田舎だとフナ食うし」
「お前、フナ食ったことあるのかよ」
「ないけど。俺のじいさんが食ったって言ってた」

プロゴルファーはふぅとため息をつくと、ティー間近にドライバーを静止させ、眼を閉じた。皆のクレームなど意に介さない様子。その辺はさすがはプロ。
・・・しかし、このまま金魚虐待、というか金魚虐殺を見過ごしていいのだろうか・・・?金魚は疲れたのか、おとなしくティーの上でまばたきもせずに空を見上げている。魚だから当然だ。

ついにプロゴルファーの腕が高々と上ってゆき、ドライバーがゆっくりと放物線を描いた。
丁度0時の位置でぴったりと静止したドライバーは、物凄いスピードで金魚に向かって振り下ろされた。

皆、その瞬間、反射的に眼をつむった。

・・・音が、しない。

空振りだった。驚くことに、プロが空振りをしたのだ。皆にどよめきが走る。

誰かが驚きの声を上げた。

「き、金魚がいない!」

どういうことだ!皆は理解不能の事態に、一瞬パニックとなった。

別の誰かが、更に驚きの声を上げた。

「あぁぁ!池にいる!金魚が池で泳いでる!」

驚いたことに、さっきまでティーの上で「マナ板の上の金魚」だったソレは、一瞬の後池に移動し、涼しげに泳いでいるのだ。

「ファンタスティック!」

セレブの1人、金髪の女性が歓喜の声を上げた。それを切っ掛けに、次々と大きく賞賛の声があがる。

止まない讃辞の嵐を抜け、ヒーローインタビューで彼女は答えた。

「それでも、空振りは空振りですからね。次こそは頑張りたいと思います」

彼女は笑顔だった。さすが、プロは違うな、と思った。


20年

郵便がとどきました。
封筒をあけてみたら、中には便箋が一枚入っていて、

「20年前です」

とだけ、書いてありました。
出した人の名前が無く、返事も出せないので、封筒に便箋をもどして、しまっておきました。

次の日、また、郵便がとどきました。
やはり、出した人はわかりません。
封筒をあけてみたら、中には便箋が一枚入っていて、

「20年後です」

とだけ、書いてありました。
僕はまた、封筒に便箋をもどして、しまっておきました。

それ以来、手紙は届いていません。


昼食

お昼を食べる時は必ず、墓地に行きます。

小鳥の声だけが聞こえる、静かな墓地、
そこで、僕は持ってきたお弁当を食べます。

誰かの供えたお花が見えます。
お線香のにおいがします。

ゆっくり食べていると、だんだん、
お弁当の味が、白くなります。


いつ家に行っても、彼女は、

「鬼がいるから」

と言って、家から出てきてくれません。

鬼なんかいないですよと、声をかけても、いっこうに信じてくれません。

僕は、毎日、リンゴや、ナシや、モモを持って、彼女の家に行きました。

でも、いつも彼女は、「鬼がいるから」と、出てきてくれません。
僕はある日、少し怒った声で、鬼なんかどこにもいないから、出てきておくれよと、声をかけました。

「だから、玄関の前に、鬼が」

僕はびっくりして、ふと気づいたら、片手にカッターナイフを持っていました。

「鬼は、僕だったんですか」
「鬼はとても怖いですが、あなたは好きです」
「わかりました。ありがとう」
「ありがとう」

僕は、カッターナイフを片手に、自分の家に向かいます。
これから、鬼退治をするのです。


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