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2008年7月


「きをつけ」

と言われると、みんな背筋を伸ばして、
びしっと棒のように固まります。

でも、どうしても体のどこかが、小さく動いてしまいます。

先生が教えてくれました。
もし、完璧に姿勢がいいひとが、完璧な「きをつけ」をしたら?

一本の、棒になるそうです。
まっすぐ立った棒は、少しだけ浮くそうです。

あんまり長くそうしていると、あたまがが上のほうにもっていかれるみたいに、スーッと意識を失うそうです。

その時、人は必ず微笑むそうです。


丸いもの

道ばたでは、いろんな人たちが、
丸いものを抱えて、ずっとなでています。

なでながら、
泣いたり、
笑ったり、
怒ったりしています。

なんだかみんな、ドラマの中の人みたいでした。


強い日差しが木の影を濃くする頃、
蝉の声を聞いていたら、急に思い出しました。

僕はあの日、あの幼稚園バスに乗っていた。

ガタンという大きな音、
真っ青な空、
大きな泣き声、
綿あめのような雲、
お弁当屋の看板、
窓ガラスの血、
エンジンの止まったバス、
蝉の声。

僕はじっとして、蝉の声を聞いて、
影が薄くなる頃、またいつもみたいに、幼稚園バスのことは忘れてしまいました。


決勝戦

将棋盤をはさんで、僕と相手は座っています。
駒はありません。将棋盤の上にも、手元にもありません。

駒は、見ていた子供がぜんぶ持って行ってしまったのです。
駒がないので、僕らは座っているだけです。

しばらく経ったあと、相手がニコリと笑いました。

僕も、ニコリと笑いました。


はしご

はしごを登っています。

ずっとずっと登っているうちに、ずいぶんと高いところへ来た気がします。
もう地面がみえなくなるくらい、高いところに来ました。

でも、さっきから、10メートルくらい下に、パンダの着ぐるみを着た人が登ってきています。

パンダの人は、下からどんどんはしごを壊しています。
このはしごが宙に浮いているのを想像して、僕はとても怖くなりました。
僕はまだはしごを登っているので、このことは考えないほうがいいと思いました。

あのパンダの人に、僕は悪いことをしたのだろうか?
僕は、気になったので、パンダの人に声をかけました。

「おーい」

返事は、上から聞こえてきました。


「あのパンダは、親切で、はしごを壊しているのですよ?」


日曜日


この間の日曜日はとても天気がよかったので、みんな色んな場所へ出かけたみたいです。

僕の住んでいる小さな町でも、やっぱりみんな海や山に出かけていきました。

昼頃だったとおもいます。
数分だけ、町内の人間が、ぼくだけになる時間がありました。

信号が変わる時の音、
ラジオから聞こえてくる雑音、
虫の鳴き声、
耳の奥の、キーンという音、

みんな、たまたまどこかへ行っていただけなのに、
その数分間は、何だか、僕だけこの世から切り離されてしまったように思いました。


係長

係長の椅子の背もたれには操作盤がついていて、
左から

「 嬉 怒 泣 死 」

と4つのスイッチが並んでいる。
僕ら社員は、朝仕事を始める前に、どれかのスイッチをONにする。
そうすると、係長がスイッチの通りの顔をしてやってくるのだ。その日一日は、係長の感情はスイッチ通りとなる。僕は面白いなぁと思いつつも、そんな係長の事を少し不憫に思っていた。

係長はとても仕事が出来るので、怒ったり泣いたりしていても、テキパキと仕事をこなす。僕らはもう慣れてしまったが、初めて会う人はたいていびっくりする。でも、次第に慣れていって、最後には信頼されるところなんかは、きっと係長の人徳なんだろう。みんな係長が大好きだった。

係長はナイーブなところがあるので、スイッチの事については、皆口にしない事にしていた。係長だけでなく、この職場は皆が優しいのだ。僕は、そんな皆が大好きだった。

・・・でも、やはり気になるのは、一番右のスイッチ「死」だ。みんな気になりながらも、そのスイッチだけは入れてはいけないと、いつも気を遣っていた。

で、やはり、スイッチを入れる奴が現れる。皆がだいたい予想していた通り、犯人は新人のOだ。

Oはどこかそそっかしい所があり、仕事でもミスを連発しているのだが、どこか愛嬌のある顔をしていた。そのうえ新人という事もあり、皆はいつも、Oのミスを笑い事だと片付けていた。

しかし、このミスには誰もが怒りを隠せなかった。

「なんて事をしてくれたんだ!」
「係長が死んだら、お前責任とれるのか?」
「わざとやったんだろ!」

Oはうつむいて、涙を流していた。

誰もがわかっていた。Oでなくとも、結局誰かがこのスイッチを入れてしまうのであろう事を。立てかけていたつっぱり棒が倒れるかもしれないし、遊びに来た誰かの子供がイタズラでスイッチをいじるかもしれないし、「死」のスイッチがそこにある以上、きっと、いつか、onになる運命だったのだ。

わかっていつつも、皆Oを責め立てた。涙を流しながら責め立てた。いずれ皆黙ってしまい、泣きながらOの肩をポンポン叩き、ある者は黙ってOを抱きしめた。オフィスは会社始まって以来の悲しいムードに包まれていた。

それからしばらく、驚いたことに係長がオフィスに入ってきた。

皆、口をポカンと開けたまま、自分の机に向かって歩いてゆく係長を眺めていた。

係長はゆっくり椅子に腰を下ろすと、落ち着いた口調で言った。

「さて、お別れだな」

皆、何も言わずに係長を見つめていた。

「思えばこの会社に入ってから、私の頭は仕事一筋だった」

「家族も、こんな私を黙って支えてくれていた。私に言えない気苦労も沢山あったと思っている。」

係長は笑顔で続けた。

「お前たちには、私と同じ思いはさせたくないなぁ。この気持ちは今でも変わらない。結婚記念日も残業で、慣れないメールを辿々しく送ってみれば「血痕記念日」ときたもんだ。妻は笑ってくれたけど、一家の主としては哀しいものがあったなぁ」

ククッと、係長は笑った。

皆も、泣きながら、少しだけ笑った。

「わかっているとは思うが、Oを責めてはいかんぞ。皆でミスをカバーし合う事から社内のチームワークが生まれる。基本を忘れてはいけないぞ」

Oはずっと、しゃくり上げて泣いている。

係長は皆の顔を一通り、ゆっくり見回してから、うなずいて、席を立った。

「さて、これで本当にお別れだ。今日は特別に寿司を取っておいた。経費じゃないぞ。私のおごりだ。通夜の代わりではないが、盛大に食ってくれ。O。お前もだぞ。」

係長は「じゃ」と一言だけ残して、オフィスを出ていった。

その日の昼に、本当に寿司の出前が来た。特上寿司だ。
皆、厳粛な気持ちでそれを口にした。Oも一生懸命食べていた。味なんてちっとも分からなかった。

食べ終わる頃、出前の青年が言った。
「で、お支払いはどちらに・・・」

「え?」

皆、首をかしげた。

「支払い、まだ済んでいなかったんですか?」

「ええ。お電話頂いた時に、「社内の連中が払ってくれるから」って・・・」

皆、頭をかきながら困惑しつつも、仕方なく割り勘で支払う事にした。

「しょうがないなぁ、係長」

どことなく和やかな空気になって、僕らは午後の仕事に取りかかった。

後日、廊下を歩いていた別の部署の誰かがこの「真っ昼間から特上寿司パーティー(泣きながら)」の様子を見ていたらしく、そいつが本部にチクリを入れたせいで、僕らは全員叱られる羽目になった。

椅子は既に片付けられ、あのスイッチの、意図も意味もさっぱり分からないまま、僕らの会社は次の決算の時期を迎える。

今日も残業だ。係長の最後に残した願いは、まだまだ叶えられそうにない。


終点

電車で寝ていたら、知らない駅が終点だったので、そこで降りました。

パチンコ屋の明かりだけしかない駅前。
立っていたら、4人の警官が走りながらこっちに向かってきました。

僕は、車の中に入れられました。
きっと、これから、どこかに行くのだと思います。


エビチリ

ある日、普段めったに行かない高級中華料理店で、エビチリを注文しました。

エビチリはとっても美味しかったのですが、他に頼んだ料理もやはり、とっても美味しかったので、僕は少しエビチリを残してしまいました。

困っていたら、店のひとが薄いビニールのタッパーを持ってきてくれました。ちょっと貧乏くさいなと思ったけど、僕はエビチリをタッパーに入れて、家に帰りました。

もうお腹がいっぱいだったので、僕はエビチリを冷蔵庫に入れて、その日はすぐに寝てしまいました。

で、翌朝にはもう、エビチリのことは忘れて、僕は学校に行ったり、バイトをしたり、友達と意味の無い話を沢山したり、とても充実した数日間を過ごしました。

その間に、エビチリは冷蔵庫の中で少しづつ腐っていったようです。

実は、1週間くらい経った頃に、エビチリがまだ冷蔵庫の中に眠っている事には気づいていました。でも、何となく怖い気がして無視しました。腐ったモノを自分の意志で見るのって、勇気が必要だと思います。

勇気のない僕は、それからさらに数週間の無視を続けたあと、やっと覚悟を決めて、冷蔵庫の中のタッパーを持ってみました。

軽い。

中のエビチリは乾燥していました。それを知って、僕はとても安心しました。ジューシーに腐っているものはとても怖いけど、乾燥しているものは怖くありません。たとえ何年経っても怖くありません。

だから、何年も放置してしまいました。ごめんなさい。

*

その間に僕は就職浪人をし、嫌々就職をし、すぐ辞めて、バイトをして、食い詰めて、また就職をし、昇進し、結婚し、とうとう子供も生まれました。子供は、とても可愛いです。

その間も、冷蔵庫の中のタッパーはそのままでした。何度も何度も捨てられそうになりましたが、そのたびに僕は火がついたように怒りました。あのタッパーの事以外については、僕は良い大人だと思います。良く働き、家事だって交代でこなしました。子供の行事には必ず参加して、その上、それら全部が、ちっとも苦にはなりませんでした。

でも、僕は僕以外の誰かがあのタッパーに触れることをことごとく嫌いました。どうしてなのかはわかりません。妻は明らかにそれを嫌がって、あんなに好きだった料理を、あんまりしなくなってしまいました。

僕は何度目かの結婚記念日に、新しい、大きな冷蔵庫を買ってあげました。

だから、今でも、僕の家に冷蔵庫は2台あります。

*

僕は、幸せでした。
でも、順調な日々にも、いつかは陰りが来るものです。
厄除けに行かなかったのが悪かったのか、僕は42歳で肝臓を壊して入院してしまいました。

担架で運び込まれる時、妻はついて来ませんでした。きっと家事で忙しかったのだと思います。僕は少し寂しかったけど、我慢しました。

一通りの検査が終わって病室で一息ついた時、やっと妻が来ました。

妻は汗だくでした。なぜなら、荷台を引きずって来たからです。荷台の上にはあの冷蔵庫が乗っていました。子供も一緒に、よいしょよいしょと荷台を押しています。

僕は汗だくの妻を抱きしめました。ホントは僕の身体なんてどうなったっていい。でも、一番の心配は妻と子供です。で、次に心配なのは、あのタッパー。

それらが、全部、病室にやってきたあの夜は、今思い返しても、人生の中で数度きりの、僕の気持ちが愛で満たされた瞬間でした。ほんとうに嬉しかった。

僕は程なく退院をしました。回復の早さに驚いていた医師に、僕は言いました。

「この冷蔵庫のおかげなんです」

医師は最初小首をかしげていましたが、すぐに「ちょっとアレな人」だと思ったのでしょう。
笑顔で「お大事に」とだけ告げられて、僕は入院生活から解放されました。

*

一年経つ毎に、どんどん時間は早く進みます。60歳を迎える頃には、まばたき一回で5分は経ってしまう気がします。

還暦を迎えた日、僕は決心しました。

あのタッパーを開けよう。

もう、手に持っても、タッパーそれ自体の重さしか感じません。
裏からのぞいてみると、中に黒いシミが見えます。乾燥したエビチリのなれの果てが、振るとカラカラと乾いた音を立てます。

妻は言いました。

「なんだか、これを開けたら、アナタがアナタでなくなってしまう気がして、怖い」

僕は笑って、あえて、さも何て事なさそうな動きで、タッパーの蓋を開けました。

プシュ、と音がしました。

においは、無い。

案の定、中は黒かったです。タッパーの外から見たのと同じように。裏が表になったって、別に変わりはありません。

ため息をついたその時、タッパーの中に光る粒を見つけました。さっきカラカラ転がってたのは、この小さな粒でした。

指先でつまんで、光にかざしてみました。
透明で、堅くて、とっても綺麗です。

アルファベットの「C」の形をしてる。きっと、これ、エビだ。しかし、やけに強く光を反射するな。これ。チカチカして、なんか星みたいだなあ。

頭ではそんな事をぼんやり考えつつも、僕の口から出た言葉は、それとは違っていました。

「・・・ダイヤモンドだ。」

初めて知りました。エビチリをタッパーに入れて、冷蔵庫に数十年寝かせておくと、ダイヤモンドになるんです。

もしかしたら、世紀の大発見かもしれません。でも、僕らの年齢では、もう一回これを試すことなんか、出来ません。

でもいい。

還暦祝いです。僕は妻にダイヤモンドを渡しました。


そしたら、妻は、露骨に嫌な顔をしました。


海岸

海岸にすわっていたら、波の向こうからビニール袋が流れてきました。
ひろってみたら、クリームパンと書いてありました。

僕は、クリームパンの味を思い出しました。

次の日、海岸にすわっていたら、波の向こうから、たくさんの注射器が流れてきました。
僕は怖くなったので、家に帰りました。

次の日、海岸にすわっていたら、波の向こうから、
「おねえちゃん おねえちゃん」
と、声が聞こえました。

僕は
「僕はおねえちゃんじゃないよ」
と答えました。

波の向こうから
「そうですか ありがとう」
と声が聞こえました。

それから僕は、家に帰りました。


とりあえず


やめました。


でも、何も始めていなかったことに気づいたので、
やめることを、やめることにします。


朝は歯を磨いて、トイレに行きます。
少しだけ、水を飲みます。

花に水をあげてから、あいさつの練習をします。


「おはようございます」
「こんにちは」
「おつかれさまです」
「ごきげんいかがですか」


それから、靴をはいて、外に出ます。

団地には煙突がいっぱいあって、そこから煙が出ています。

あれは、死んだ人を焼いた煙だと、誰かが言っていました。
僕のお母さんも、お父さんも、死んだらあの煙になるんだな、と思いました。

煙をじっと見ていると眠くなってくるので、
僕は、煙をあんまり見ないようにして歩きました。


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